「新型兵器の開発…か」
「そう。空軍の新型ミサイルとかそういうのを開発専門ってことにしてたらしいわよ」
「ということは、実際はそうじゃなかった、と」
そう言うとリリーは一つ頷いて、表情はそのままに感情を抑えた声で続けた。
「行われてたのは人体兵器の開発。被験体は人売りや奴隷商から調達してたって」
「……ろくなことしてないな。相変わらず」
眉間に皺を寄せ呆れながら、レンはリリーの様子を窺った。
顔からはこれといった感情は読み取れないが、かすかに両手が震えてるのが目に留まる。
「大丈夫か?」
少し考えたが、結局それしか言えなかった。
リリーはレンの視線を追って、そこで手が震えている初めて気付いたのか、僅かに目を見開いてから笑って予想通り「大丈夫」と小さく答えた。
どうみても大丈夫そうではなかったが、指摘したところで気の利く台詞なんて持ち合わせていないので、今度は何も言わないでおく。
リリーはレンが時折利用している情報屋の助手を務めており、今回は先日の列車事件で殺害された議員について探ってもらっていた。
あれについてはあまりに不可解な点が多いのだが、事件としては処理済みになっているので、あのままではカイトに先日伝えてもらった以上の情報が入ってこない。
こっちとしてはイレイストに関する情報は少しでも欲しい上、そこから何らかの糸口が掴めるかもしれないとなると、動かない手はない。
「聞いたところ、大体3年ほど前から秘密裏に進めてたって。で、その前の年、このオジサンの身に何があったか、レンくんも知ってるんじゃないかしら」
「ああ。罷免されたんだろ。確か」
そのことについては一時期過剰なほど取り沙汰されていて、耳にタコができそうなくらい聞かされた。
当時、国防長官に就いていたこの議員は、それなりに規模を拡大させていたマフィアと癒着しており、警察に尋問された際にそのリーダーが吐いたことで判明し、即座に罷免という措置がとられた。
無駄に情報通な例の同僚によると、この議員はこの肩書きに妙に執着してたらしく、軍に対する擁護も尋常ではなかったらしい。
だとすると、この人体兵器の開発は元の地位を取り戻す為のもだったと考えるのが妥当だろう。
確かに、この新兵器を提供し何らかの成果をあげれば政府は彼を評価し、それ相応の地位を与えなければならなくなるだろう。
例えそれが、どれだけ非人道的で倫理に反するものであったとしても。
「で、こいつに入れ知恵したのがイレイストだというわけか」
「そこはまだ確定してないけど、私はそう見てる。何でも匿名者がどういう経路でかこのオジサンに接触してきて、そのことを吹き込んだらしいわよ」
「やけに詳しいな。情報源は?」
「元秘書を引っ掛けたの。お酒ばんばん飲ませた後、ホテルに連れ込んで慰めたりおねだりしたら、どんどん吐いてくれたわ」
男ってバカねー、と舌を出すリリーにうろんな視線を投げかけて「ホテルって、お前……」呆れと疑念の混ざった声で呟くと、
「あ、大丈夫よ。ことが起こる前に、記憶が飛んじゃう薬を盛ってやってそのまま逃げたから。多分、起きたら前の日に自分が何やってたかさっぱり覚えてないはずよ」
けろっとして答えるリリーの言い分にレンはそれは本当に大丈夫なのか、とさっきと別の疑念を抱かざるをえない。
どこをどう考えてもその薬の出所がうさんくさくてならないのだが。
しかしリリー曰く、
「確かな筋の裏商人から手に入れたから、安心して」
いや、安心するどころか余計不安だから。
反射的に出そうになった突っ込みの代わりにため息をつく。
「あとね、ついでにこれの性能実験がいつされるのかも調べておいたの。そしたらね、次の軍事演習でだったらしくて」
「リリー」
流石に聞き流せない単語が出てきたので、語調をかすかに強めて彼女の名前を呼ぶと、リリーは途端に表情をひきしめ口をつぐんだ。
レンはそんな彼女の様子をじっと見やってから。
「軍事演習で性能実験される全ての新兵器は最重要機密事項だって知ってるよな?」
「うん……」
「じゃあ、何でこの兵器がその演習で使われることを、一般人であるお前が知ってる?」
半眼で睨んで静かな声で詰め寄ると、リリーは口をかたく閉じたまま視線を虚空に彷徨わせた。
しかし、レンにはその意図するところがわかり、鋭い視線はそのままに舌打ちする。
「お前、また国家のデータベースに侵入したな」
「だって…」
「だってじゃない」
ぴしゃりとはねのけると、リリーはしょんぼりと肩を落としつつも理不尽に怒られた子供のような目でこちらを見つめてくる。
「だって悪くないもん」と訴えかけてきているようで、こめかみ辺りがちくちくしてくる。
ホテルの件といい何でこいつは、こうほいほいと危ない手段に出るのか。
それでこっちがどういう気持ちになるのかとか、一回くらい考えて欲しい。
胸中で愚痴をこぼしつつ歩み寄り、見上げてくる目に怯むことなく見返す。
「やめろっていつも言ってるだろ。もし感知されたら即刻監獄いきだぞ」
「大丈夫よ。ちゃんと侵入の形跡は消してるし。それに捕まっても、レンくんの名前は出さないから」
「そういうことを言ってるんじゃない」
微妙に噛みあわないことを言ってこられて、額に頭を当てて硬い声で返すと、リリーは体裁が悪そうに再び黙り込む。
リリーが言ったことは、あながち間違いではない。
このことに自分が絡んでいると知られたら、それ相応の処置がとられるだろう。
しかし、レンにとってそんなことはどうでもよく、純粋にリリーのことが心配なのだ。
情報屋といってもリリーは一般人であり、自分が原因でなんらかの処罰を受けるということになれば後味が悪すぎる。
ぐっと口を引き結んで黙りこくるリリーに、それこそ小さな子供に諭すように「あのなあ」と切り出し、
「お前は良くても、俺が嫌なんだよ。いくら有力な情報を握るためだからってそういうことされても、俺は全く嬉しくない」
「でも、レンくんも『可能な限りで頼む』って言ってたじゃん」
「情報屋での『可能な限り』っていうのは、そっちに危険が及ばない程度でだっていうの、お前も知ってるだろうが」
段々苛ついてきて語気を荒げて返すが、それでもリリーは釈然としないのかどこか不満気にしている。
先ほどより大きく息を吐き出し、湧き上がってくる苛立ちをどうにか落ち着かせ、
「で、これだけ説明しても、どうして納得してくれないのか教えてくれるか」
「だって、それを言うならレンくんだってそうでしょ。いっつも人の事ばっかりで、自分のことはお構いなしで」
「……俺はいいんだよ、俺は」
口を尖らせて反論してくるリリーから視線を外して、自分の手に目を向ける。
軽く拳を握ってから、すぐに開いてみせて静かに、けれどしっかりとした声で。
「そう生きると、決めたからな」
そう、全てを失ったあの日から。
その時のレンの目からは硬い決意と、深い憂いの感情が顔を覗かせていてリリーは何も言えなくなってしまう。
レンはたまに、こういう顔をすることがある。
でも、何度問うてもその真相を教えてくれることはない。
だから、リリーは少しでも力になりたくて危険を顧みない行動に出てしまうのだ。
それにレンには返しきれないくらいの恩がある。
あの泥沼のような地獄から引きずりあげてくれたのは、他でもない彼なのだから。
以前本人にそう言ったら、「そう思うなら、もう危ない事はしないでくれ。その方が俺はずっと嬉しい」と若干疲れたように言われてしまったけれど。
「レンくんって、結構わがままだよね」
ぼそりと言ったのが聞こえたのか、怪訝そうな目を向けられたがリリーは微笑みだけを返して、立ち上がった。
「帰るのか?」
「うん。今回の収穫はこれだけだから。それより」
「ああ。報酬はいつものとこに振り込めばいいんだろ?」
話の流れとして適切なことを言ったつもりだったが、「そういうことじゃなくて」と頬を膨らませてくる。
意図を測りかねて首を傾げていると、リリーはにやっと口角だけをあげる笑い方をして。
瞬間、肩を押されて机に背中をぶつけるはめになった。
「ってー…」
背骨からくる痺れるような痛みに声を漏らし若干顔をしかめていると、上からリリーがのしかかってきて耳元に口を寄せて囁く。
「私とこういうこと、してみない?」
妙に艶っぽい声が吐息と共に耳にかかり、重ねた手を絡ませながらもう片方の手をレンの頬に添えると、唇を寄せてくる。
それをレンは表情を変えることなく、真っ直ぐ見据えていた。
別に急な展開に頭が追いつかなかったわけでもない。
むしろ自分が今置かれている状況や、何をされようとしているのかまで把握していた。
それでも顔を赤くするわけでもなく、抵抗するわけでもなく、黙って近づいてくるブルーの双眸を見つめ返す。
そして、二人の唇が重なり合いそうになった時。
「やめろ」
ようやくそこで冷静な声で拒否して、ゆっくりと彼女を押しのける。
リリーの目を見つめ返しながら、体を起こして、
「もう2年前じゃないんだ。だからお前が誰かに媚びる必要もない。もっと自分を大事にしろ」
静かに言い聞かせると、リリーが反論しようと口を開くのがわかった。
しかし、レンは「それにな」とそれを遮って、
「俺は惚れた女しか抱くつもりはない」
きっぱり言い放つと同時にリリーは言葉を失ったように押し黙り、しばらく俯いて「そっか」とぽつんと答えた。
「私はレンくんだからしたんだけどな…」
口の中で呟いた言葉はレンに届かなかったらしく、答えは返ってこなかった。
聞こえてたとしても、結果は同じだったろうけど。
リリーは自嘲気味にそう考えて、くるりとレンに背を向けた。
「ロビーまで送ってってやろうか?」
何気なくかけた声にリリーは一度振り返って、何か考えるように視線を彷徨わせた後、かぶりを振り、
「ん。いい」
短い言葉で断ると、リリーは静かに部屋を出て行った。
いつもはこっちから言い出さなくても、送るようにねだってくるので少しばかり意外に思ったレンだったが、特に気にすることはなく窓の外に視線を投げる。
「人体兵器……か」
何となく呟いてから、結局表舞台にあがることのなかったその兵器達に考えを巡らす。
イレイストが議員にこの兵器の製作を持ちかけたのは、十中八九試作段階の兵器のデータを採取するためだろう。
そして、それを終えて用なしになった議員を、自ら手を下して消した…。
いや、データが取れても取れなくてもあれが脚光を浴びる前に消すつもりだったのかもしれない。
なぜなら、それがもし世間の目に触れるところとなれば議員との繋がりが露呈する可能性が大きくなる上に、奴らにとってメリットが全くといってほど無いからだ。
それに議員を消したということは、その兵器をまだ表には出したくないと見ていいだろう。
(面倒なことになりそうだな…)
次に奴らとぶつかる時のことを考えて、少し気が重くなる。
その時は、恐らくそのデータをもとにした新型兵器と戦うことになるだろう。
せめてその兵器の図面を入手できれば被害は格段に減るだろうが、流石にそこまでリリー達に頼むわけにはいかない。
カイトに報告するにしても、あくまで推測の域をでないので、これによって何か動く可能性は恐らくゼロだ。
ふと空を仰ぐと、三日月が雲に隠れてしまうところだった。
それが何かを予兆しているようで、レンは胸の中がざわつくのを感じずにはいられなかった。
がこん。
取り出し口に落ちてきたホットココアをグミは腰をかがめて拾い上げた。
(あ、振るの忘れてた…)
プルタブを引いてからはたと気付いて、しかし今更どうにもならないのでそのまま一口飲む。
ロビーの一角にある休憩スペースで、整然と並べられたベンチにぽつんと一人腰かけながら、小さく息をつく。
クオと別れた後、自室に戻ってみたのだが何となく気が落ち着かなくて、とりあえず何か飲もうとここにやってきたのだ。
ココアをちびちびと舐めながら、さっきのクオとの会話を思い返してみる。
(頑張れって…、何をよ……)
胸中で若干愚痴っぽく呟く。
結局最後まで何に対してのエールなのか教えてはくれなかったが、思い出すたびに若干苛立つのは何故だろう。
別にからかうような口調でもなかったし、そもそもそういうことで苛ついているわけでもないと思う。
例えるなら、大量の仕事を理不尽に押し付けられて手伝うわけでもなく、「頑張れ」と他人事で言われた時みたいなそんな感じ。
ってこれじゃ、クオに何か手伝って欲しかったみたいじゃないか。
(何を…?)
瞬時にレンとあの人が腕を組んでる光景が脳裏に浮かび、それを頭の中から抹消するようにぐびっとココアを飲み込む。
ほんのりと熱くて甘いココアの味が口の中に広がり、ちょっと失敗したかもしれないと思った。
何か温かいものを飲めばちょっとは落ち着くかと思ったが、全然そんなことはなくて余計なことばかり考えてしまっている。
これなら、冷たいものを一気に飲んだほうが気持ちも晴れたかもなんて思ったりするが、やっぱり変わらなかったかもと瞬時に思い直す。
不意に人の気配を感じて肩越しに振り返って、そのまま視線が釘付けになった。
そこにいたのは、さっきから頭に浮かんではかき消していた本人そのもので。
きらきらした柔らかそうな金髪を耳にかけながら、自動販売機の前で少し悩むようにしてからアイスコーヒーを選択すると、屈んで取り出し口に手を突っ込む。
腰を上げた時、グミの視線にようやく気付いたのか、こちらに首をまわしてくる。
彼女の深い青の瞳とばっちり目が合った。合ってしまった。
金縛りにあったように見上げているグミと対照的に相手は一瞬目を見開いた後、別段気にした風もなくプルタブを引きながら隣の空いたスペースに座り込む。
そう、よりにもよってグミの隣に。
(って、ええーーーー!!?)
そこでようやく我に返り、グミは胸中で驚愕の声を上げた。
何で!?何で、よりによって隣!?
他にも空いてるベンチあるじゃない!!
っていうか、今ここには彼女と自分の二人しかいないんだから、わざわざ隣に座る意味なくない!?
だらだらと汗を浮かべながら、相手の行動に混乱していると「ねえ」と呼びかけられて思わずびくりと肩を震わせた。
「あなた、レンくんが指導してる娘よね?」
「えっ……、何でそのことを…?」
「さっきレンくんが教えてくれたの」
そういうと、持っていた缶コーヒーを一旦ベンチに置いて、こちら上から下までじいーっと眺めてくるので、グミにしてみれば居心地が悪いことこのうえない。
自然とのけぞって視線をあっちこっちに逃がしていると、「ふ〜ん」と意味ありげにこぼして何事もなかったように、コーヒーをぐびぐびと飲みだした。
ふ〜んって何…。ふ〜んって……。
「あの…、さっきはその、お楽しみの所すみませんでした」
降りてきた沈黙に耐えかねて、でも視線を外しもごもごと言うと、彼女はきょとんとした後、ふいにぷっと吹き出した。
そのままくすくす笑い出すものだから、今度はグミの方がきょとんとしてしまう。
「もしかして、さっき私がレンくんに言ったこと本気にしてる?」
「ち、違うんですか?」
「違う違う。あれはあの黄色い髪の娘をからかってみただけ。予想以上の反応だったから、ちょっと面白かったけど」
可笑しそうな顔をして片手を軽く横に振りながら否定されて、グミは拍子抜けしたと同時にほっと胸をなでおろした。
(って、なんで安心してるの)
自分自身の反応に驚きながら胸中で突っ込んだ。
そもそもこっちが勝手に勘違いしてたんだから、安心どころか申し訳なく思うべきなのに。
「まあ、私自身はそういう風になりたくはあるんだけどね」
「ええっ!?」
思いがけずひっくり返った声を出して、勢いよく彼女の方を向いた拍子に首のどこかの筋がぴきっと軋んだ。い、痛い…。
相手の方はそのままコーヒーを舐めながら、
「でも、向こうにはその気はさっぱりないみたいなのよねー。だからさっき思い切って迫ってみたら」
「どうなったんですか…?」
無意識の内に訊いてしまっていた。
しかし、グミが自身の反応に狼狽える前に彼女は口元をほころばせ、「どうなったと思う?」と訊き返される。
どうなったと思うって……。
彼女はとても綺麗だし、スタイルも良いからやっぱり受け入れたんじゃ…。
でも、あのレンがいくらなんでもそれだけですんなり受け入れるだろうか、と考え直すが、再びけれど、と思う。
そういうことがグミの頭の中で五巡くらいしたころ、小さく声を立てて笑われ、
「惚れた女しか抱くつもりはない、だそうよ。もう思いっきりふられちゃったわ」
ため息交じりに、首をすくめて見せる表情が少しだけ悲しそうで、ああ、この人は本当にレンのことが好きなんだなと思う。
何となくかける言葉が見つからなくて、手元に目を落として黙っていると、
「でも、レンくんのことだから、こんだけやっても私の気持ちなんて欠片もわかってないんだろうな」
「そ、そんなことは…。流石に気づくと思いますけど」
「いやいや、レンくんのあの鈍さはもはや天性のものだから。多分今日のことも、私が昔のことひきずってるせいだと思ってるだろうし」
「昔のこと?」
彼女のレンに対する言い草に内心苦笑しながら首を傾げて復唱すると、彼女は悪戯っぽい顔になって、
「あ、もしかして興味ある?私とレンくんのそれはそれはロマンチックな出会いに」
「ろ、ロマン…?ええ!?」
あのレンにおよそ縁のなさそうな言葉の登場に目を丸くすると、彼女はこれまた可笑しそうにけらけらと笑い出す。
「あはは。冗談冗談。あなたって素直だから、からかいがいあるわね」
「それって、褒めてませんよね…」
これには流石にむっときてぼそりと答えて横目で見やったが、ふふっと小さく笑うだけでやり過ごされた。
何だかずっと彼女のペースに乗せられっぱなしなような気がして、若干悔しくなる。
「で、どうなの?気になる?」
反射的に訊き返しそうになってから、さっきの質問のことだと一拍遅れてから気付いて、う〜んと悩んでしまう。
興味がないといったら、まあ、嘘になるし、むしろ気になる。
でも………。
「あの、聞いてもいいんですか?」
彼女の顔色を窺いながら遠慮がちに問いかけた。
さっき彼女は昔のことをひきずってる、と言っていた。
ということは、それは気軽に聞いていいような話じゃないということは、すぐに予測できる。
けれど、彼女は何ということもないようにコーヒーをすすって、「うん」と簡単に頷いた。
「もう過ぎたことだし。まあ、ロマンチックとはかけ離れすぎてるけどね」
苦笑いしながら言葉を切り、それからはっきりと淀みない声で言った。
「私ね、奴隷だったの」
瞬間、グミは思わず息を呑んだ。
思いがけない告白に衝撃を受けて言葉を失い、彼女の顔を凝視していると、
「ちゃんと烙印もあるわよ。見せたげようか?」
「そんな!いいです、見せてもらわなくてもっ」
場違いに軽いテンションで言われ、慌てて首を振って辞退した。
どこをどう考えても気軽に見ていいようなものじゃないのに、大して気にしてない調子で言ってくるものだから、一瞬どう反応をしたらいいのかわからなくなる。
ずっと引きずり続けるのも確かに良くないことではあるが、ここまでさばさばしてるのもどうなんだろう。
グミは半分呆れつつ、でももう半分はそんな彼女を羨ましくもあった。
自分もここまで割り切れたらなあ、とちらっと思ったりなんかもする。
「“商品”だった頃はいつも空を見ていたな。空を見てるとね、根拠もなくいつか自由になれるって思えたの。当時の私にとってはそこは地獄だったから、誰でもいいから連れ出して欲しいって毎日願ってた」
さっきと変わらないあっさりとした口調で彼女は続けたが、一息つくと不意にその表情がみるみる曇っていく。
「何年か経って、ようやくある男に買い取られることになったの。でも、その先にあったのは絶望だけだった」
さっきとはうって変わった、憂いを帯びた声色で静かに呟くように話し始める。
彼女の目がすっと遠くを見るように細くなって、グミは何故だかその瞳から目を離すことができなくなってしまった。
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