ドアを開けて電気のスイッチを入れながら部屋に入ろうとしてから、一旦足を止め、

「………」

「………」

リリーのじとっとした目と一時見つめ合った後、顎をしゃくって先に入るように促すと、満足そうに笑い「お邪魔しまーす」と言って、こっちの許可なくベットに腰をかけた。
そのまま部屋の中をきょろきょろ見回すリリーを横目に、椅子の向きを180度反転させてリリーと向き合う形で座る。

「何してるんだ?」

リリーが部屋を一通り眺めた後、何故かベットの下を覗きこみ始めた所でようやく問いかけた。

「んー?なんか如何わしいものがあるとしたら、ここかなあと思って」

「あるか。そんなもの」

「みたいねえ。レンくんも16歳なんだから、そういうの興味もっとかないと、いざという時困るよ?」

まったくもって大きなお世話だ。

「部屋もいつも通りきれいだし。つまんなーい」

「悪かったな、つまらなくて」

リリーの理不尽な発言に、僅かながらぶすっとして返す。
何で部屋が片付いていることについて文句つけられなきゃいけないんだ。
さっき部屋にあげる時にこっち見てたのも、彼女曰く「部屋にはレディーを先に上げるのが常識」とかいう面倒くさい理由からだろう。
その上、当然のごとく人のベットを占領したりするので、何でこう自分のまわりの人間は傍若無人な奴ばっかりなんだろうと、胸中でちょっとぼやいてみたりする。

「まあ、そのほうがレンくんらしいか」

「良いのか悪いのか微妙な評価だな」

「その判断はそっちに任せるわ。それより、頼まれてたことだけど」

本題に入ろうとしたリリーの言葉を片手を上げて遮って、レンはドアのある方向に注意を向けた。
手振りでリリーに静かにするように指示して、足音を立てずにドアの前に立つ。
一呼吸置いてから、あらん限りの力でドアノブを引くと「うわっ!」と言う声と共にどさどさっと三人の女が戸口に倒れこんだ。

「お前ら。何やってるんだ、こんな所で」

声のトーンを幾分か落として胡乱な目で見下ろすと、うち新人二人は怯んで視線を逃がし、その下敷きになってる同僚が「あんたら、重いからどきなさいって!」とじたばた抗議している。
乗っかっていた二人が立ち上がると、彼女はがばっと起き上がり、真っ向から睨み返してきて。

「べっつにー。迷惑になるようなことしてませんけど?」

「玄関ロビーから尾けてきて、ドアに張り付いてまで他人の話を盗み聞こうとするのは、十分迷惑だと思うんだが?」

白々しくとぼけてくるので間髪いれず切り返してやると、うっと黙り込んだネルに代わってグミが、

「気付いてたんですか?」

うっかり墓穴を掘ってしまったことを言ってから気付いたのか、慌てて両手で口を塞いでみせたが既に遅い。

「あんな尾行で俺が気付かないとでも思ったか。この馬鹿三人ども

呆れながらばっさり斬り捨てて、適当に追い出そうとした時、

「どうしたの?」

怪訝に思ったリリーがひょっこり顔をのぞかせた途端、ネルの表情が一気に険しくなっていく。
リリーは戸口に立ってる三人の隊員の顔をざっと眺めて、くすっと笑って腕を絡めてくると、

「もー、レンくんってばどういうこと?私という女があ・り・な・が・ら」

「は?お前、何言って……」

刹那、ぞっとするほどの殺気を感じて引き付けられるように目を向けると、ネルが鬼のような形相でこちらを睨み上げていた。
そして、おもむろにこちらのネクタイをぐいっと引っ張ったかと思うと、顔を寄せてきてにっこりと笑う。
笑っているはずのにどこか威圧的で、背中から立ちのぼってるオーラがドス黒いような。

「どういうことか、教えてもらいましょうか?青少年〜?」

地を這うように低いトーンで詰め寄られ、限りなく面倒な状況に陥ってるらしいことに気付き、げっそりしてきて「あー」と漏らした。
それをどうとったのか、ネルの額にぴきぴきと血管が浮かびあがっていく。
というか、何でこいつこんなに怒ってるんだ。

「どうでもいいだろ。それよりさっさとどっか行ってくれ」

面倒なので説明を全部すっとばしてこっちの用件だけをいうと、「質問に答えなさいよ、このスケベ男!!」とすぐさまネルの怒号が飛ぶ。

「誰がスケベだ、誰が。勝手に変な勘違いするな」

「ほお〜。なら、どこがどう勘違いなのか、説明してくださいます〜?」

どこがというか全部だ、と即座に胸中で突っ込みを入れる。
とはいえ、説明するとなるとかなり面倒くさい上に色々話したくない部分も含まれてくる。
しかし、相手の様子からして引き下がる気が全くしないので、このややこしい現状に小さく舌打ちをした。

「そうか。なら仕方ないな……」

観念したように言ってみせてから、

「学生時代お前がやらかした失態を、全部ここで暴露されてもいいなら教えてやる」

「なっ!!」

絶句すると同時にネルがネクタイから手を離し、若干締められていた気道が元に戻り呼吸が楽になる。
さっきから、微妙に息苦しいような気がしていたのは、どうやらそのせいだったらしい。
思わぬ反撃に完全に怯んだネルを一瞥して、更に追い討ちをかけていく。

「あれは訓練生のころだったか。搭乗型兵器の操作の説明をろくに聞かなかったせいで」

あー!!わかったわよ!行けばいいんでしょ!行けば!!」

こっちの言葉を大声で遮って、ネルは逃げるように走り去って行き、「あ、先輩待ってください!」とその後をテトが追いかけていった。
厄介ばらいが済んでドアを閉めようとした時、しかし戸口にまだグミがこちらを凝視して何やら固まっているのに気付いた。
捨てられた子犬のような目に僅かにたじろぎつつ、少し考えた後、リリーの腕を振りほどいてから、

「お前も早く行け」

さっき二人が走っていった方に目をやって言うと、グミははっと我に返ったようにしてあたふたと所在なさげに視線を泳がせる。
それから上目遣いでこちらを見て、

「お邪魔して、申し訳ありませんでした!」

がばっと頭をさげて謝って、身をひるがえすと一目散に駆け出していった。
内心きょとんとしながらその背中を見送ってから、レンは今度こそ誰もいなくなったことを確認してドアを閉める。

「さっきの子、見かけない顔だけど、誰?」

「新人だ。今学期の首席合格者で俺が指導することになった」

簡単に説明すると、リリーがこちらの顔を覗きこんでくるので、心持ち身を引きながら「何?」と素っ気無く尋ねた。

「ん。意外だなーって思って」

言いながらベットに座りなおし、こっちに顔を向けて。

「興味なさそうだったじゃん。そういうの」

「無理矢理押し付けられたんだ」

「そう言うわりには、嫌そうに見えないけど?」

レンの反応を楽しむようににやにやするリリーに一度視線を向けてから、

「まあな」

素直に認めた。
その答えが意外だったのかリリーは目を丸くしてから、「ふ〜ん…」と何やら面白くなさそうにしていて。
しかし、すぐに元の表情に戻って「それにしても」と話題の方向をかえた。

「相変わらずの人気っぷりだねー」

「面白がってるだけだろ。ただ単に」

「さあ。それはどうかしら?」

意味ありげな彼女の言葉に首をひねると、

「女の子は色々複雑なのよ」

抽象的に答えて、リリーはふっと顔をほころばせた。
当然の如くレンにはその意味はわかるはずもなく、「はあ…」と適当な相づちをうちつつ、もう一度胸中でぼやいた。
女ってのは、本当によくわからん。





レンの所から逃げるように駆け出してから、グミは足を止めることもなくただ闇雲に走り続けていた。
さっきの女性の台詞が頭の中でぐるぐる回っている。

(私という女がって言ってた。私という女がって……)

そんなことを考えていると、その時の状況まで浮かんできそうになってかぶりを振ってかき消す。
正常に機能しきってない思考回路で、やっぱりそうだったんだ、と思う。
やっぱり恋人だったんだ、あの人。
当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
というのも、レンと一緒にいた彼女は想像以上に美人だったのだ。
あんなに綺麗な人だったらレンだって何も思わないはずもないし、惹かれて当然だ。
レンだってまんざらでもなさそうだったし。
思い出しそうになって慌てて思考の外に追いやろうとした時、丁度角を曲がってきた人と正面衝突してたたらを踏んで尻もちをついた。
思いっきりぶつけた顔に手をやりながら「いった〜…」と独りごちると、

「大丈夫?」

すっと差し出された手を有難くとって、立ち上がってると、

「ご、ごめんなさい」

ぺこりと謝罪してから、ようやく相手の顔を見た。
淡い緑の短髪に同じ色の瞳。
それが食堂の前でレン達と話していた隊員だとそうかからないうちに気付いて、思わず「あ」と声を漏らした。
相手の方も一時きょとんとしてから、同じような声を漏らして、

「君ってもしかして、レンが指導してる…?」

「はい。そうですけど…」

「やっぱり〜。さっきすれ違った時、どっかで見たことあるなーって思ってたんだけど」

明るい声でそういった後、こちらを上から下までまじまじと眺めてから、にかっと笑い、

「俺、クオ・フォルスト。よろしく!」

「グミ・マーシャルです」

お互いに名乗りつつ握手を交わす。
するともう一度顔をまじまじと見てくるので、小首を傾げていると、

「良いな〜、レンの奴。あんな綺麗な女の人捕まえといて、こんな可愛いを」

クオの羨む言葉を聞いてさっきのことを思い出してしまい、グミの気分は再び断崖絶壁の向こう側に落ちていった。
それが表情にでも出ていたのか、クオが途中で言葉をぶち切って、「わー!どうしたの!?」と焦ったように声をあげた。
何でもない、という意味でぶんぶんとかぶりを振っていると、クオは何かに気づいたようにはっとなってから、

「あっ!そっか、ごめんごめん!知らなかったとはいえ、本当にごめん!!」

「え?何がですか?」

いきなり謝られてぽかんとしていると、向こうも「え?」とぽかんとしながら訊いてくる。

「えと…。だから、グミちゃんはさ。レンのことをさ、何と言うか…。特別に思ってたりするわけでしょ?」

「と、特別だなんて。そんなたいそうなものじゃ…」

両手を横に振りながら否定して、

「確かにアシュフォード先輩のことは尊敬してますし、私の憧れの人です。でもそれだけなんです。だから…」

一旦そこで言葉を切って、小さく息を吐き出し、

「別に先輩に恋人がいても、なんら気にすることないはずなんです。驚くことはあっても、落ち込んだり、こんなにもやもやした気分になったりするのは、やっぱりおかしいんですよね?」

思いつくままぽつりぽつり話していくと、自分でも何が言いたかったのかわからないことを口走っていて、すぐに後悔した。
でも、言わずにはいられなかった。
言ってしまわないと、胸の中に居座っている黒くもやもやした感情がますます大きくなるような気がして。
ちらりとクオを見てみると、さっきグミが言ったことを整理しているのか難しい顔をしていた。
それから表情はそのままに、

「グミちゃんってさ…。もしかしなくても、恋愛経験なかったりする?」

「え?はい…、まあ」

唐突な問いに戸惑いつつ答えると、クオが小さく「やっぱりかー」と独りごちて困ったように視線を横に流した。
養成学校にいた時、何度かそういう告白めいたことをされたことはある。
けれど、相手のことをよく知らなかったり、なにより当時の自分にとってはレッド・ウィングに入隊することが最優先だったから、そういったことに全く興味がなかったのだ。
友人達にも何度かもったいないと言われたこともあったが、それも気にならないほど自分は彼に憧れていたのだ。どうしようもなく。
それは今でも変わってないし、多分これからも変わらないと思う。
ふと両肩に手を置かれ顔を上げると、クオが何かすごく真剣な顔でそのままこちらの肩をぽんぽんと叩いてきて

「まあ、頑張れ」

「はあ……」

よく分からないエールを送られしまい、ちょっとどうしていいかわからなくなった。
頑張れって何を…?

「それはそうと、グミちゃんレンに憧れてるって言ってたけど、それ本人の前で言わないほうがいいよ」

「どうして…、ですか?」

クオの忠告にきょとんしていると、頬をかきながらうーんと唸って、

「あいつって、結構自分を卑下してるとこあるみたいでさ。何でかそういうの本気で嫌がったりするんだよなー」

難しい奴なんだよと苦笑するクオの顔を見上げながら、グミはいまいち釈然としないでいた。
憧れられているということは、それだけ周りに認められているということだ。
それはむしろ誇っていいものであるのに、嫌がるというのはどうしてなんだろう。

「そんなわけで変に面倒くさい奴だけど、悪い奴じゃないから頑張って。俺は応援してるから」

「………」

またもやよくわからない声援を送られて、親指を立ててにかっと笑うクオをじとりと見やった。
だから、頑張れって何を…?
よくわからないけど、何か凄く勘違いされてるのかもなあ、とその時のグミは内心困り果てることしかできなかったのであった。




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