レンが言った通り、身支度をしていると呼び出しがあり、執務室に行くと他の3人は既に集まっていた。
カイトと挨拶を交わしてレンの隣に立つと、「さて」とカイトは一枚の紙を取り出して話を切り出した。

「報告によると、マウロ・ハウディスは問題なく自分の罪状を認め、関わっていた事件や組織について順調に自供している、とのことだ。そして、今の所その中に反政府組織の名前はないらしい」

カイトはそこで一旦話を切って、「けど」と付け足しレンのほうに視線を向ける。

「事情聴取の際、最初は酷く怯えた様子で放心状態に近い状態だったそうなんだけど…。レン、お前何かしたのか?」

それを聞いてグミはぎくりと小さく反応して、ちらりと隣に視線を向けた。
多分、というか絶対、それは昨夜のあの脅迫のせいだろう、とすぐに思い当たる。
しかし、当の本人は「何かって……」と言葉を切って少し間を空けてから、

「別に何も。ただ、うるさく喚くので、少し脅しただけです」

「それだろ、絶対」
「それでしょ、絶対」

カイトとネルの声が綺麗なくらい重なって突っ込みを入れる中、グミはレンの「少し」という言葉に内心突っ込まざるを得なかった。
あれはどう考えても「少し」という域を超えてると思う……。
というのは、あの時傍で見てただけの自分でさえ、少しばかり恐怖を覚えたからだ。
あれが「少し」だとすれば、本気だしたら一体どうなるんだろう、と涼しい顔をしているレンをみやりながら凄く疑問に思わずにはいられない。

「でも、今は素直に自供しているんですよね?なら、問題ないでしょう?」

「まあ、ね。だが、むこうは、ほらこの前のことで…、ちょっとそういう所に過剰に反応してるみたいでな…」

カイトが何かをオブラートに包んだような言い方をすると、レンが小さく「あー」と合点したような声を出して、

「つまり3ヶ月前、こいつがターゲットに貧乳って言われたことが原因で、たこ殴りにして引き渡した結果、1週間捜査が停滞してしまったから、むこうが変にそういうことに過敏になってるってことですか?」

「ちょっ、何暴露しちゃってんのよ!!言うなって言ったじゃん!!」

レンに掴みかからんばかりの勢いで抗議と共に墓穴を掘ったのはネルだ。
ネルの声に一瞬うるさそうに顔をしかめてから、レンは首を捻り、

「そんなこと、頼んだか?」

「頼まれてなくても、それくらい察しなさいよ!!」

「せ、先輩…。流石にそれはダメでしょ……」

「露骨に引いてんじゃないわよ、そこ!!」

焦りと羞恥でか、顔を真っ赤にさせたネルが若干身を引かせたテトを指差して、わーっと声をあげる。
そういえば、マウロを護送車に送った時も「今回は」と言ってたっけ、とグミは思い起こす。
道理でマウロを引き渡す時、棘のある言い方をしてきたわけだ。

「喚きすぎだろ、お前。いい加減うるさい」

あからさまに迷惑そうな顔でレンが苦情を申し立てると、ネルのターゲットがテトからレンに変更され、きっと鋭く睨みつけた。

誰のせいよ!そう思うんだったら、あんたが暴露しなきゃよかったんでしょうが!!」

「それをいうなら、そもそもお前がヘマやらかさなければよかっただけの話だろ」

「あー、はいはい、二人とも。そこまで」

言い合いを始めた二人の間にカイトが手を叩いて割って入ると、二人は同時に口をつぐんで前に向き直った。
カイトは目を閉じて嘆息すると、一度書類に目を落としてから口を開いた。

「まあ、今回は大して問題も起こらなかったし、むこうも文句もつけようもないだろうから大丈夫だろ。そういうわけで、事後報告はこれで終了。みんな、ご苦労だったね」

わりと適当な感じでカイトがまとめると、空気が僅かに緩んでネルが軽く礼をして足早に外に出て行く。
グミも軽く会釈し、レンに続こうとすると、

「ああ、グミは少し残ってくれる?」

「はい?」

急に呼び止められて目を白黒させて振り返ると、僅かに頬を緩ませて苦笑しているカイトの顔が視界に入る。
一拍遅れてそれがグミに向けられたものではないと気付いて、視線の先を追うとレンがじとりとカイトを見据えていた。
微妙に険悪なムードが流れる中、グミはどうすることもできず二人をただ見比べていると、不意にレンが目を伏せ、そのままぷいっと背を向けて結局何も言わないまま出て行く。

(どうしたんだろう…?)

レンが出て行った扉に視線を向けたまま首を傾げていると、「悪かったね、グミ」と声をかけられて「あ、いえ」と首を横に振る。

「あの、それで…、何か?」

「ああ、うん。大したことじゃないんだ。ただ…、ちょっとレンのことでね」

「アシュフォード先輩のこと…、ですか?」

カイトの台詞の意図がいまいち理解できないで小首を傾げると、カイトは視線をわずかに落として尋ねた。

「さっき、レンが脅したと言っていたけど、ターゲットと何かあったのかな?」

「え?えーと……」

言っていいものなのか咄嗟に迷ってしまって、思わず口ごもってしまう。
暫く視線を彷徨わせた後、ふとカイトが真っ直ぐこっちを見ている事に気付いた。
その視線がなんとなくレンの眼差しと似ているような気がして少しどきりとしつつも、グミは昨夜のことを手短に話した。
一通り説明し終わると、カイトは「なるほどね…」と呟いて何か考えこむようにして黙り込む。

「あの、私が思うにはですけど、アシュフォード先輩はその仮面の子達のために怒ったんだと思います」

「レンが?」

カイトの問いにグミは一つ頷いて、あの時のレンの表情を思い出しながら話を続けた。

「あの時、アシュフォード先輩は自分の事を悪く言われても何も言い返さなかったし、相手にもしてない風だったんです。でも、あの子達のことを言われた途端、なんていうかちょっと雰囲気がかわったというか…、なんかそんな気がして…。口には出してなかったけど、私にはそういうふうにしか思えませんでした」

「どうして、そう思うのかな?」

「アシュフォード先輩は、優しい人ですから」

きっぱりと言い切ったグミの台詞にカイトはきょとんとした顔をしたあと、ぷっと吹き出して小さく肩を震わせて笑い出した。
どうして笑われたのかわからず戸惑っていると、「ごめんごめん」と言ってカイトは笑いをおさめて、

「レンのことをそういう人は滅多にいないから。つい、ね」

「そう、なんですか?」

「うん。俺が知ってる中でもあいつの本質をわかってる人間ってのは、ごく少数だから。まあ、あいつはもともと自発的に他人と関わろうとしない節があって、色々誤解されがちなんだけどね」

苦笑を顔に浮かべるカイトの話を聞いて、グミは少し残念な気持ちになった。
確かにレンはあまり感情を表にださないタイプだし、結構厳しいことを言ったり事実を率直に述べてしまう所はある。
でも、本当に冷たい人間だったら今朝みたいにわざわざ朝食を届けに来たりなんかしないと思う。
厳しい発言もよくよく考えてみればこっちの事を心配してのこととも取れて、そういう彼のさりげない優しさが周りに知られていないということが凄くもったいない気がするし、それが残念なことに思えて仕方がない。

「…でも、そうか。良かった」

カイトが独りごちるように言った言葉にきょとんとしていると、穏やかな微笑みをグミに向けて懐かしそうに言った。

「レンは昔から、自分よりも他人を優先する所があってね。入隊当初は特にそれが顕著に出てて、それが原因で任務中トラブルが起きることがちょくちょくあった。今ではそんなこともなくなったけど、そういう所はあの頃のままみたいで、少し安心した」

へ〜、と声を漏らしながら、グミは少なからず意外に思った。
あのレンがトラブルを起こすところなんて、今からは到底想像できない。
でも、入隊してばかりの時は、レンはまだ年端のいかない子供だったはずだから、無理もないか、と思い直す。
とそこで、あれ?と引っかかりを覚えた。

「入隊当初ってことは、司令官とアシュフォード先輩はそんな時から関わりがあったんですか?」

「あれ?ルカあたりから聞いてない?」

カイトが目をぱちくりさせて訊き返してきて、なんのことかわからず目をしばたたかせていると、

「俺がレンの指導員だったって話」

ごく普通の口調で言われて、一拍遅れてその意味を理解した途端、グミは目を剥いて「そ、そうだったんですか!?」と声をあげた。
それにたじろいだ様子もなくカイトがすんなり頷くのを見て、驚きを隠せなかったがそれで納得する点はある。
任務の説明の時、二人とも微妙に砕けた話し方になっていたのはそういう経緯があったからなのかも。

「じゃあ、先輩の初任務のこともご存知なんですよね?」

「ああ。……あれは酷い現場だった」

「私もそうだったって聞いてます。アシュフォード先輩、かなりの人間が死んだっていってましたし」

「言ってたって…。あの時のことをレンが話したのか?」

意外そうな顔で問いかけるカイトを若干怪訝に思いつつも頷くと、「へえ」と小さくこぼすと値踏みをするようにグミをみつめ、ふっと表情を緩めた。

「どうやら、レンは君のことよっぽど信用してるようだね」

「え?そ、そんなことないですよ。だって、トレーニングの時とかいつも、まだまだだなって言われますし、昨日の任務でも私、ほとんど役に立ってない上に、足手まといになってたくらいですから。あの、だから、むしろ全然信用されてないかと…」

「そんなことあるよ。じゃなきゃ、あのレンが自分のことをやすやすと話すわけがない」

グミの言葉を遮るようにカイトは言うと、やれやれというふうに小さく嘆息して言い出した。

「さっきも言ったけど、レンは必要以上に他人と関わりを持とうとしないし、他人に自分をさらけ出したりしない奴でね。だから、どんな相手にもしっかり壁をつくってる所があるんだ。あのネルにでさえ、自分のことはほとんど話してないらしい」

「司令官にも…、ですか?」

「俺はまあ、あいつとは色々あってね。過去にどういうことがあったか知ってるから、別に聞く必要はなかった。だから、レン本人の口から自分の事を話したのは、多分グミが初めてなんじゃないかな?少なくとも、俺が知る限り今までは一人もいなかったと思うよ」

そういわれても、グミはいまいち信じられずにはいれなかった。
だって、今朝なんとなく尋ねた時、一瞬間はあいたもののわりとすんなりレンは話してくれた。
だから、誰にも話したこともないことだと思ってもいなかったし、むしろ周知のことだと思ってたくらいだ。

「グミ。一つ頼んでいいかな?」

急にカイトがすっと目を細めて言うので、グミはつい身構えてしまう。
カイトはじっとグミを見上げ、暫く間をあけて口を開いた。

「あいつの、レンの支えになってやってくれないか?」

「はい?わ、私が…、ですか?」

予想だにしないことを頼まれて、なんの冗談だと思ってしまう。
しかし、頷くカイトの表情から本気らしいということが汲み取れて、今度はどうして自分なんだろうとわからなくなってくる。

「レンは真っ直ぐな奴で、およそ迷いっていうものがない。見ているこっちがすがすがしいほどにね」

「それは…、よくわかります」

レンと行動するようになってわずか五日目だが、彼のそういう所はあらゆる場面で見られたし、グミ自身も彼をそのように認識していた。
しかし、だからこそわからない。
真っ直ぐで一切の迷いも抱かない、そんな人に支えなんて必要ないように思えるのに。

「でも、だからこそ心配なんだ」

「どういうこと、ですか?」

カイトの言葉の意味がさっぱりわからなくて、困惑しながら訊き返した。
それにはすぐには返答せず、カイトはデスクの上で手を組んで目を伏せて静かな声で答える。

「真っ直ぐな人間はたしかに強い。でもレンはまだ16で、脆い所もあるんだよ。何かしら信じているものに裏切られた時、容易く崩れてしまいそうで、見てて少し怖い。だから、そんな時そっと支えてやって欲しいんだ。もしあいつが道に迷った時、また真っ直ぐ前を向けるように」

「そんなこと、私にできるでしょうか?」

「むしろ君にしかできないって俺は思ってるけど。引き受けてくれるかな?」

真剣な眼差しを向けられるが、カイトの言うようには思えなくて、グミはすぐには返答はできなかった。
でも、もし彼がそういうように、レンに弱い所があるというのなら、支えてあげたいという気持ちはある。
どうすればわからなくなった時に、一緒に道を探すことくらいはしてあげたい。
全然役に立たないかもしれないし、そんな自信はないけれど。

「………はい!」

少し躊躇った後、はっきり頷くと、カイトが顔を綻ばせて何か呟いたように見えた。
聞こえなかったけれど、グミはなんとなく「ありがとう」と言われた気がした。





ちょっと待ってて、といわれてレンはその部屋の真っ白い壁をぼんやり眺めていた。
少し視線を巡らせると、薬品やら何かの生物の神経系やらなんやらのホルマリン漬けが整然と並べられてある、大きめのガラス戸のキャビネット、大掛かりな機械が幾つかと、やたらとでかい画面のモニターが視界に入る。
視線を戻すとコンピュターの乗ったスチールのオフィスデスクがあって、その傍らには何かの記録のファイルや分厚い本が押し込められた本棚がいくつも並んでいた。
これがキヨテル・アイフリーダーが所有しているオフィスの一つの全景であった。
「一つ」というからには他にも幾つか個人部屋を持っており、それは彼があらゆる部署を兼業しているからというのを、以前訊いてもいないのに聞かされた。
パイプ椅子を軋ませそれらを無感動に眺めながら暇を潰していると、ドアの開く音が聞こえ首だけ回して振り返ってみたら、ちょうどキヨテルが後ろ手でドアを閉めているところだった。

「いやー、ごめんね、待たせて」

「別に。いつものことですから」

いつものように素っ気無く答えると、キヨテルは小さく笑ってキャスターつきの椅子を引きながら手に持っていたバインダーに目を落とした。
少ししてからキイと音をたてて椅子をこちらに向かせると、「えーと、結論から言わせてもらうとね」と言いながら顔を上げる。

「今回も、前回と同様異常はなかったみたいだけど、どう?吐き気がしたり、頭痛がしたりなんかは?」

「特に何も。相変わらず、体力の消耗が激しいことくらいしか」

「そっか。なら、良かった」

安堵したようにキヨテルはほっと息をつくと、それにしても、と本棚からファイルを取り出して今回の記録をとじながら話しだした。

「不思議なもんだね。最初は他に何人もいたのに、今ではそれ・・を使えるのはレンくんだけってのも」

「前に言ってた候補者は?そろそろ実行に移すって言ってましたけど」

「あー、彼ね〜。上手く定着して経過も順調だったんだけど、検査的に行った任務先で死んじゃったんだって。過度の体力の消耗で動けなくなって敵にとどめ刺されちゃったらしいよ」

ペース配分間違えちゃったんだねー、とキヨテルはファイルを元の場所に戻しながら話題に合わないくらい、ことも無げに答えた。
というものの、件の隊員についてはレンもほとんど面識はなかったし、よくあることなのでせいぜい呆れるくらいしかできない。
特殊なものを手に入れて自分の力量を測り間違えるなんて、愚の骨頂だ。同情の念すら浮かばない。
だが、その愚の骨頂ともいえるもので何人かの隊員が死んでいるわけで、その事実にどうしようもなく呆れて溜め息が漏れる。

「あれれ?溜め息なんて吐いて。そんなに余裕でいて大丈夫、レンくん?明日は我が身かもよ?」

「……ご忠告どうもありがとうございます。せいぜい肝に銘じておきますよ」

おどけるように言って笑うキヨテルに究極的な苛立ちを抱きつつ、欠片もありがたい気持ちがこもってない声色で返してレンが席をたった時、

「待った待った!まだ話があるんだよ」

「何ですか?汗かいたんで、さっさと着替えたいんですけど」

うんざりしながら振り向いて着ている服をつまんでみせると、キヨテルは口を尖らせて、

「ほら、昨日のグミちゃんの成果教えてくれる約束したでしょ?まだ、聞いてないし」

「気が向いたらって話だったと思うんですけど?何、しれっと捏造してんですか」

「まあまあ、そう言わず…。ちょっとでいいから、ね?」

「気が向かないんで。それじゃ」

キヨテルの制止の声を完全に無視しドアノブに手をかけた時、「そんなに彼女、素質なかった?」という言葉にレンはぴたっと動きを止める。
断じてその言葉に怒りを覚えたとかそういうのではない。
ただ、このまま反論せず出て行ってしまったら、グミの価値を多大に損ねてしまうことになるかもしれない。
それはレンにとってしたくなかったことであるし、何よりしてはならないような気がした。

「あなたがいう素質がどういったものかは知りませんが」

そこで一旦言葉を切って、頭の中で言葉を選びながら振り返ることなく言った。

「殲滅部隊員としての素質はあります。技術的な面の改善と経験を積んで、あとトラウマさえ乗り越えれば、一人でもある程度の任務はこなせるようになるでしょうね」

「トラウマって?」

それに対してはレンは何も答えないで、「まあ、それでもこれについてはあいつは向いてないと思います。あいつすぐに顔に出るし」と付け足して今度こそ部屋をでようとドアノブを捻った瞬間、「あ、待って!もう一つ重要な話が!」とまた制止をかけられる。
いい加減解放してくれ、といいたげに肩越しに睨みつけると、キヨテルは一つ咳払いして珍しく真面目な表情で「レンくん」と呼びかける。
その表情を怪訝に思って、レンは踵を返してキヨテルと向き合った。
一時の間の後、そしてキヨテルは告げる。

「そろそろ、敬語外してくれないかい?」

この上なく真剣な声で、この上なくどうでもいいこと要求をされ、レンは言葉を失い盛大に頬をひきつらせた。
というか、いつになく深刻そうだったから聞いてみたら、なんだよその変態思想満載の要求!
真剣にいえば承諾してくれるとでも思ったのか、このド変態は!!
少しでも真面目に聞こうとした自分が間違ってた!こいつはこういう奴だった!
胸中でそういう結論に達して、いつものように罵倒しようとして口を開こうとしたが寸前で思い直し、一度口を閉じてから一言。

「死ね」

お望みどおり敬語を外して、ありったけの嫌悪感をこめてそれだけ吐き捨てて、後ろ手でドアを力任せに閉めた。
めきゃっという何かが壊れたような音が聞こえたが気のせいということにして、周囲からの視線をよそに大股でその場から去っていった。




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