「報告によると、マウロ・ハウディスは問題なく自分の罪状を認め、関わっていた事件や組織について順調に自供している、とのことだ。そして、今の所その中に反政府組織の名前はないらしい」
カイトはそこで一旦話を切って、「けど」と付け足しレンのほうに視線を向ける。「事情聴取の際、最初は酷く怯えた様子で放心状態に近い状態だったそうなんだけど…。レン、お前何かしたのか?」
それを聞いてグミはぎくりと小さく反応して、ちらりと隣に視線を向けた。「別に何も。ただ、うるさく喚くので、少し脅しただけです」
「それだろ、絶対」「でも、今は素直に自供しているんですよね?なら、問題ないでしょう?」
「まあ、ね。だが、むこうは、ほらこの前のことで…、ちょっとそういう所に過剰に反応してるみたいでな…」
カイトが何かをオブラートに包んだような言い方をすると、レンが小さく「あー」と合点したような声を出して、「つまり3ヶ月前、こいつがターゲットに貧乳って言われたことが原因で、たこ殴りにして引き渡した結果、1週間捜査が停滞してしまったから、むこうが変にそういうことに過敏になってるってことですか?」
「ちょっ、何暴露しちゃってんのよ!!言うなって言ったじゃん!!」
レンに掴みかからんばかりの勢いで抗議と共に墓穴を掘ったのはネルだ。「そんなこと、頼んだか?」
「頼まれてなくても、それくらい察しなさいよ!!」
「せ、先輩…。流石にそれはダメでしょ……」
「露骨に引いてんじゃないわよ、そこ!!」
焦りと羞恥でか、顔を真っ赤にさせたネルが若干身を引かせたテトを指差して、わーっと声をあげる。「喚きすぎだろ、お前。いい加減うるさい」
あからさまに迷惑そうな顔でレンが苦情を申し立てると、ネルのターゲットがテトからレンに変更され、きっと鋭く睨みつけた。「誰のせいよ!そう思うんだったら、あんたが暴露しなきゃよかったんでしょうが!!」
「それをいうなら、そもそもお前がヘマやらかさなければよかっただけの話だろ」
「あー、はいはい、二人とも。そこまで」
言い合いを始めた二人の間にカイトが手を叩いて割って入ると、二人は同時に口をつぐんで前に向き直った。「まあ、今回は大して問題も起こらなかったし、むこうも文句もつけようもないだろうから大丈夫だろ。そういうわけで、事後報告はこれで終了。みんな、ご苦労だったね」
わりと適当な感じでカイトがまとめると、空気が僅かに緩んでネルが軽く礼をして足早に外に出て行く。「ああ、グミは少し残ってくれる?」
「はい?」
急に呼び止められて目を白黒させて振り返ると、僅かに頬を緩ませて苦笑しているカイトの顔が視界に入る。(どうしたんだろう…?)
レンが出て行った扉に視線を向けたまま首を傾げていると、「悪かったね、グミ」と声をかけられて「あ、いえ」と首を横に振る。「あの、それで…、何か?」
「ああ、うん。大したことじゃないんだ。ただ…、ちょっとレンのことでね」
「アシュフォード先輩のこと…、ですか?」
カイトの台詞の意図がいまいち理解できないで小首を傾げると、カイトは視線をわずかに落として尋ねた。「さっき、レンが脅したと言っていたけど、ターゲットと何かあったのかな?」
「え?えーと……」
言っていいものなのか咄嗟に迷ってしまって、思わず口ごもってしまう。「あの、私が思うにはですけど、アシュフォード先輩はその仮面の子達のために怒ったんだと思います」
「レンが?」
カイトの問いにグミは一つ頷いて、あの時のレンの表情を思い出しながら話を続けた。「あの時、アシュフォード先輩は自分の事を悪く言われても何も言い返さなかったし、相手にもしてない風だったんです。でも、あの子達のことを言われた途端、なんていうかちょっと雰囲気がかわったというか…、なんかそんな気がして…。口には出してなかったけど、私にはそういうふうにしか思えませんでした」
「どうして、そう思うのかな?」
「アシュフォード先輩は、優しい人ですから」
きっぱりと言い切ったグミの台詞にカイトはきょとんとした顔をしたあと、ぷっと吹き出して小さく肩を震わせて笑い出した。「レンのことをそういう人は滅多にいないから。つい、ね」
「そう、なんですか?」
「うん。俺が知ってる中でもあいつの本質をわかってる人間ってのは、ごく少数だから。まあ、あいつはもともと自発的に他人と関わろうとしない節があって、色々誤解されがちなんだけどね」
苦笑を顔に浮かべるカイトの話を聞いて、グミは少し残念な気持ちになった。「…でも、そうか。良かった」
カイトが独りごちるように言った言葉にきょとんとしていると、穏やかな微笑みをグミに向けて懐かしそうに言った。「レンは昔から、自分よりも他人を優先する所があってね。入隊当初は特にそれが顕著に出てて、それが原因で任務中トラブルが起きることがちょくちょくあった。今ではそんなこともなくなったけど、そういう所はあの頃のままみたいで、少し安心した」
へ〜、と声を漏らしながら、グミは少なからず意外に思った。「入隊当初ってことは、司令官とアシュフォード先輩はそんな時から関わりがあったんですか?」
「あれ?ルカあたりから聞いてない?」
カイトが目をぱちくりさせて訊き返してきて、なんのことかわからず目をしばたたかせていると、「俺がレンの指導員だったって話」
ごく普通の口調で言われて、一拍遅れてその意味を理解した途端、グミは目を剥いて「そ、そうだったんですか!?」と声をあげた。「じゃあ、先輩の初任務のこともご存知なんですよね?」
「ああ。……あれは酷い現場だった」
「私もそうだったって聞いてます。アシュフォード先輩、かなりの人間が死んだっていってましたし」
「言ってたって…。あの時のことをレンが話したのか?」
意外そうな顔で問いかけるカイトを若干怪訝に思いつつも頷くと、「へえ」と小さくこぼすと値踏みをするようにグミをみつめ、ふっと表情を緩めた。「どうやら、レンは君のことよっぽど信用してるようだね」
「え?そ、そんなことないですよ。だって、トレーニングの時とかいつも、まだまだだなって言われますし、昨日の任務でも私、ほとんど役に立ってない上に、足手まといになってたくらいですから。あの、だから、むしろ全然信用されてないかと…」
「そんなことあるよ。じゃなきゃ、あのレンが自分のことをやすやすと話すわけがない」
グミの言葉を遮るようにカイトは言うと、やれやれというふうに小さく嘆息して言い出した。「さっきも言ったけど、レンは必要以上に他人と関わりを持とうとしないし、他人に自分をさらけ出したりしない奴でね。だから、どんな相手にもしっかり壁をつくってる所があるんだ。あのネルにでさえ、自分のことはほとんど話してないらしい」
「司令官にも…、ですか?」
「俺はまあ、あいつとは色々あってね。過去にどういうことがあったか知ってるから、別に聞く必要はなかった。だから、レン本人の口から自分の事を話したのは、多分グミが初めてなんじゃないかな?少なくとも、俺が知る限り今までは一人もいなかったと思うよ」
そういわれても、グミはいまいち信じられずにはいれなかった。「グミ。一つ頼んでいいかな?」
急にカイトがすっと目を細めて言うので、グミはつい身構えてしまう。「あいつの、レンの支えになってやってくれないか?」
「はい?わ、私が…、ですか?」
予想だにしないことを頼まれて、なんの冗談だと思ってしまう。「レンは真っ直ぐな奴で、およそ迷いっていうものがない。見ているこっちがすがすがしいほどにね」
「それは…、よくわかります」
レンと行動するようになってわずか五日目だが、彼のそういう所はあらゆる場面で見られたし、グミ自身も彼をそのように認識していた。「でも、だからこそ心配なんだ」
「どういうこと、ですか?」
カイトの言葉の意味がさっぱりわからなくて、困惑しながら訊き返した。「真っ直ぐな人間はたしかに強い。でもレンはまだ16で、脆い所もあるんだよ。何かしら信じているものに裏切られた時、容易く崩れてしまいそうで、見てて少し怖い。だから、そんな時そっと支えてやって欲しいんだ。もしあいつが道に迷った時、また真っ直ぐ前を向けるように」
「そんなこと、私にできるでしょうか?」
「むしろ君にしかできないって俺は思ってるけど。引き受けてくれるかな?」
真剣な眼差しを向けられるが、カイトの言うようには思えなくて、グミはすぐには返答はできなかった。「………はい!」
少し躊躇った後、はっきり頷くと、カイトが顔を綻ばせて何か呟いたように見えた。「いやー、ごめんね、待たせて」
「別に。いつものことですから」
いつものように素っ気無く答えると、キヨテルは小さく笑ってキャスターつきの椅子を引きながら手に持っていたバインダーに目を落とした。「今回も、前回と同様異常はなかったみたいだけど、どう?吐き気がしたり、頭痛がしたりなんかは?」
「特に何も。相変わらず、体力の消耗が激しいことくらいしか」
「そっか。なら、良かった」
安堵したようにキヨテルはほっと息をつくと、それにしても、と本棚からファイルを取り出して今回の記録をとじながら話しだした。「不思議なもんだね。最初は他に何人もいたのに、今では
「前に言ってた候補者は?そろそろ実行に移すって言ってましたけど」
「あー、彼ね〜。上手く定着して経過も順調だったんだけど、検査的に行った任務先で死んじゃったんだって。過度の体力の消耗で動けなくなって敵にとどめ刺されちゃったらしいよ」
ペース配分間違えちゃったんだねー、とキヨテルはファイルを元の場所に戻しながら話題に合わないくらい、ことも無げに答えた。「あれれ?溜め息なんて吐いて。そんなに余裕でいて大丈夫、レンくん?明日は我が身かもよ?」
「……ご忠告どうもありがとうございます。せいぜい肝に銘じておきますよ」
おどけるように言って笑うキヨテルに究極的な苛立ちを抱きつつ、欠片もありがたい気持ちがこもってない声色で返してレンが席をたった時、「待った待った!まだ話があるんだよ」
「何ですか?汗かいたんで、さっさと着替えたいんですけど」
うんざりしながら振り向いて着ている服をつまんでみせると、キヨテルは口を尖らせて、「ほら、昨日のグミちゃんの成果教えてくれる約束したでしょ?まだ、聞いてないし」
「気が向いたらって話だったと思うんですけど?何、しれっと捏造してんですか」
「まあまあ、そう言わず…。ちょっとでいいから、ね?」
「気が向かないんで。それじゃ」
キヨテルの制止の声を完全に無視しドアノブに手をかけた時、「そんなに彼女、素質なかった?」という言葉にレンはぴたっと動きを止める。「あなたがいう素質がどういったものかは知りませんが」
そこで一旦言葉を切って、頭の中で言葉を選びながら振り返ることなく言った。「殲滅部隊員としての素質はあります。技術的な面の改善と経験を積んで、あとトラウマさえ乗り越えれば、一人でもある程度の任務はこなせるようになるでしょうね」
「トラウマって?」
それに対してはレンは何も答えないで、「まあ、それでもこれについてはあいつは向いてないと思います。あいつすぐに顔に出るし」と付け足して今度こそ部屋をでようとドアノブを捻った瞬間、「あ、待って!もう一つ重要な話が!」とまた制止をかけられる。「そろそろ、敬語外してくれないかい?」
この上なく真剣な声で、この上なくどうでもいいこと要求をされ、レンは言葉を失い盛大に頬をひきつらせた。「死ね」
お望みどおり敬語を外して、ありったけの嫌悪感をこめてそれだけ吐き捨てて、後ろ手でドアを力任せに閉めた。