気がつけば、真っ暗な空間をひたすら走っていた。
左右上下の感覚は完全に麻痺していて、どこに向かっているのかすらわからず、ただひたすら。
不意に何かに躓き、そのまま受け身をとることも出来ず思いっきり転ぶ。
しかし、痛みは感じることはなく、不思議に思いながらも体を起こしてふと足元に視線を移し、そして硬直した。
死体があった。
自分とそんなに歳が変わらないであろう少年が、血溜まりの上に倒れこみ虚ろな目をこちらに向けている。

「やっっ!」

短く悲鳴を上げて、引っ掛けていた足を引っ込ませ、座り込んだままじりりっと後退すると、何かにぶつかる感覚が背中に走る。
恐る恐る振り返ると、そこにもさっきと同じような死体が転がっていて。
気がつけば、自分の周りが少年の死体達で囲んでいた。
悲鳴を上げることも忘れて唖然とし、眼下にある死体をただ息を呑んで見下ろす。
その時、ぐにゃりと視界が歪んで少年の死体が自分と同じ髪の色をした一人の女性にへと変化した。
そしてその傍らに今度は男性の死体が現れる。
その光景は、一度だって忘れたことのないあの光景で。

「い…や…!」

掠れた声でそう呟くと同時に体ががたがたと震え始める。
見たくないと、いう気持ちとは裏腹に視線はそこに釘付けになっていて動かない。
震える手で自分の顔を覆って、あらん限りの声で叫んだ。

「いやあああああああああああああああああああ!!」




「戦う理由」



目が覚めると同時にがばっと体を起こした。
静まり返った部屋の中、自分の荒い息だけが聴覚に届く。

「夢……?」

若干呆けた声で呟いて辺りを見渡す。
視線を向けた方に本棚とクローゼット。
その反対側には机と物置棚とバスルームとトイレに続くドア。
まごうことなき自分の部屋の間取りを見て、はあー、と深く息を吐き出した。

(何で私、こんなに参ってるんだろう……)

自分自身に若干呆れながら、ベットから降りてカーテンと窓を開ける。
外から入ってきた風が頬をほんのり冷やす。
自分の気分とは逆に空は晴れて澄んでいて、太陽はいつものように眩しかった。





「ここ、いいですか?」

朝食の席で珍しくそう声をかけられて、思わずきょとんとしてしまった。
食事の同席を求められるのはどれくらいぶりだろうと首を傾けつつ(こっちの是非関係なく、同席して来る同僚はいるが)、斜め前の席を顎でしゃくって促すと、テトが「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げる。
その頬には、湿布や絆創膏が貼られているのが目につく。
昨日の任務でできた傷だろうが、こうして見ているとさっきまで殴り合いの喧嘩をしてたように見える。
主に彼女の隣に座っている、例の同僚との。
視線をちらっと横にずらすと、明らかに不機嫌そうな顔をしたネルが隣のテトを険しい目つきで見ている。
テトはそれにすぐに気付くが、片手を顔の前で立てて謝罪の仕草をしつつ、苦笑を浮かべた。
それでネルはテトを睨むことはやめたものの、顔は相変わらず仏頂面なままなので、

「ネル。そういう顔するなら、他所に行ってくれ。折角の朝食が不味くなる」

「なっ!」

「そうですよ、先輩。ほら朝は朗らかにしているのが一番!ね?」

「『ね?』じゃないわよ!っていうか誰のせいよ!」

背中を軽くぽんぽんと叩いて宥めるテトに、ネルが盛大な声を張り上げた。
その声量の大きさに眉を寄せて睨みつけると、ネルがわざとらしい咳払いを一つ。

「大体、あんたグミはどうしたのよ?」

「そのグミが来ないから、こっちに来たんですよー」

テトのその言葉に、ふとレンは動きを止めた。
怪訝な顔でネルが「何?また寝坊?」と尋ねたが、テトはかぶりを振って、

「いや、ここに来る前にグミの部屋に寄ったんですけど、いらないって言ってて…。顔色も悪かったし、もしかしたら昨日のことひきずってるのかも…」

テトの話を聞いて、ネルは少し心配そうな顔になり、こちらに顔を向けてくる。
いや、こっちを見られても……。
胸中でぼやきつつ、知らないという意味で小さくかぶりを振る。
ネルと同じく心配そうな面持ちでテトは視線を落として話を続けた。

「まあ、グミの気持ちもわからなくはないんですけどね。私も昨日は色々考えちゃったし」

「その割には、何ともなさそうよね、あんたは」

ネルが疑わしそうにじとりと視線を送って言うと、テトはあはと笑って、

「いや、本当に色々考えてたんですよ?でも、寝て朝起きたら、何かもやもやしてたの全部飛んでいってちゃってたんですよね。これが」

「順応力高すぎだろ」

「いやー、それほどでも〜」

言っとくけど、全然褒められてないからね、テト。寧ろ呆れられたのよ、あんたは」

思わず入れたレンの突っ込みに、えへへと頭を掻いたテトにネルが更に突っ込を入れる。
えー、と不満そうにしているテトと呆れ顔のネルの会話を横目に、レンは昨日のグミの様子を思い返していた。
任務の後、グミの顔色があまりよくなかったのはレンも知っていた。
だから、現場報告には参加させず休ませておいたのだが、帰投するときも何か浮かない顔をしていたのを思い出す。
確かに昨日の現場は初任務にしては、少しハードなものだったし正直きついことが多かったかもしれない。
とはいえ、この四日間でグミは意外と精神的にタフな方であることはわかっていたし、だからこそ昨日の任務で折れるようなことはないと思う。
それに、彼女の表情はあの光景がトラウマになったという感じではなかった。
寧ろ過去のトラウマとかぶってしまったという感じだったような…。
不意に6年前の初任務の頃のことが脳裏に浮かんで、溜め息を吐いて席を立った。

「レン?」

「急用ができた」

ネルの問いかけに視線も向けずそれだけで返して、トレイを片付けにカウンターへと向かう。
それにネルは「急用、ね…」と呟いてそのレンの背中をじとりと見やって、

「見え見えだっての。ばーか」

小さくぼやいて、パンをやけぱっちに大きく引きちぎって口の中に放り込んだ。





起きないと、と思いつつベットの上に寝転がっていた。
目を瞑ると、さっきの夢の情景がすぐに瞼の裏にくっきり浮かび上がってきて、振り払うようにすぐに目を開ける。

「参ったなあ……」

額に片手を乗せてグミは独りごちた。
昨日の時点では多少ダブって見えた程度だったのに、今になって昨日の光景をあの時・・・と重ねてしまっている。
忘れていたわけじゃない。
というより忘れること自体が無理な話だ。
だから吹っ切ってしまおうと思い、とっくの昔にそうしたつもりだった。
でも、どうやら完全ではなかったらしく、そんな自分に若干呆れる。

(5年も経っているんだから、もう大丈夫だと思ってたのにな…)

胸中で呟いて寝返りを打つと小さくお腹の虫が鳴くのが聞こえ、唐突に空腹感が湧いてくる。
とはいえ、何か食べようという気は全く起きなかった。
というか、無理。
肉類とか特に見たくない。
ふと頭の中で思い浮かべてみたが、それだけで気分が悪くなってくる。
今、現物を見たら確実に吐く自信がある。そんな自信持ちたくなかったけど。
食欲はあるけど、その気力が起こらないとか。一体これは何の苦行なのだろう。
いっそ耐えてやり過ごそうかと思ってクッションに顔を埋ませた時。
コンコンとノックの音が聞こえて、ドアに目を向ける。
テトだろうか。
そういえばさっき朝食に誘われたが、少し顔を見せただけで断ったんだった。
心配して様子でも見に来たんだろうか、と首を傾げていると再びノックが聞こえて、「はい」と声をあげて仕方なくベットから降りる。
一度両手で頬を軽く叩いて気分を切り替え、できるだけいつも通りに振舞おうとしてドアノブに手をかけて、

「もう、テト。さっきも言ったけど、私はだいじょう……」

しかし、中途半端にドアを開けた状態のまま、固まってしまった。
ドア向こうにいたのは馴染み深い友人ではなく、金髪の隻眼の少年で……。
ほぼ無意識の内にドアを閉めようとしたが、片足を突っ込まれて僅かに隙間が開いた状態でドアが止まる。

「何で閉める?」

「だ、だって…!寝起きで…!!服も着替えてないし!!」

言葉にすると余計恥ずかしくなって、顔を俯けてドアを閉めようとする手に力がこもる。
しかし、当然だが相手のつま先が突っ込まれたこの状況で閉まるはずはない。
だからといってドアノブから手を離したら部屋に入ってこられるのは確実で、そうなると若干、否かなり恥ずかしいわけで。
かくしてドアの開閉をめぐる攻防戦の火蓋が今まさに切られた。

「とにかく開けろ。いま両手が塞がってるから」

「え…、何で両手…?」

レンの言葉に顔を上げた拍子に力が抜けてしまい、僅かにドアの隙間が広くなりレンが両手で何か持っているのがちらりと見えた。
それがトレイだと認識した途端、空腹感が先ほどよりも増してきて、それを隠すようにドアを閉めるようとする力を強めた。
多分、テトあたりから自分のことを聞いて、朝食を持ってきてくれたのだと思う。
だとしたら、はっきりいって嬉しかったし、ありがたかった。
ありがたかったのだが、前述したように現在自分は下手したら洒落にならない事態を招きかねないわけで。

「あの…!お気遣いは嬉しいんですが、私、今食欲ないんで!!全然、お腹空いてないんで!!だから」

レンを押しやるようにしながら、そう声をあげた時。
ぐう〜、きゅるるる〜〜〜〜。
空腹感に耐えられなくなったお腹が盛大な音量で鳴った。
おそるおそる顔を上げると、レンの視線が自分の腹部に向けられているのが目に入り、羞恥で顔がかーっと熱くなっていく。
レンは小さく一つ嘆息すると、

「とりあえず、開けてくれるか?」

「…………はい」

顔を俯かせて力なく頷き、グミはようやくドアノブから手を離した。





机の上に置かれたトレイには木のさじと、サイズの小さい土鍋が乗っていた。
しかし、グミはそれらと睨み合うだけで、一切動こうとはしなかった。
再三言うが、これを無事に食べきれる保証が全く無いという変な自信があって、どうしても二の足を踏んでしまう。
レンに迷惑をかけたくないというのもあったが、それ以上に彼の前で醜態をさらしたくなかった。(というかありえたくない)
とはいえ、いつまでもこうしている訳もいかず、普段なら絶対悩まないようなことで頭を悩ましていると、

「心配しなくても、肉は入ってない。だから安心しろ」

見透かされたように言われて思わず窓際に視線を向けると、レンは腕を組んで何でもなさそうな顔でこちらを見ていた。

「あの、どうして…?」

「誰しも通る道だからな。大体わかる」

グミの問いにレンは同じ顔で素っ気無く答えると、「食べないのか」と言われ、慌てて座り直して土鍋と向き合う。
正直もう空腹の限界に達していたので、さじを掴んで蓋を開けると、むあっと湯気が飛び出してきた。
鍋の中に収まっていたのは、おかゆだった。
とがれた卵も入れられていて、グミの空腹感を刺激しぎゅるると音を鳴らす。
一口食べてみると、見た目以上に美味しく、さじを握る手を動かすスピードが次第に速くなっていく。
そうかからないうちに完食すると、再びレンに向き直り、

「ありがとうございました。美味しかったです」

「……俺がつくったわけじゃないから、感謝されても困るけどな」

至極真っ当なことを返されて、一瞬言葉に詰まったあと、「でも持ってきてくれたから…」とぼそぼそと付け足す。
その時、ふとレンと二人でこんな風に話すのは初めてかもしれないと思った。
トレーニングの時や任務中でも、会話といっても言われたことに返事を返す程度のもので、こうやってちゃんと面と向かって二人で会話をしたりすることはおそらく今回が初めてだ。
そう思うと急に沈黙が痛くなってきて、思考をフル回転させて話題を探す。

「そういえば、さっき誰しも通る道だって言ってましたけど、アシュフォード先輩も……?」

あまり深く考えないで口に出してしまってから、グミはしまったと思った。
どうで考えても気軽に訊いていいような話ではないし、レン自身そういった話をしたい訳もないだろう。
やっぱりいいです、と撤回しようとしたが、「俺の初任務は、ある反政府派の組織の壊滅だった」とレンは話を切り出した。
てっきり無視されるか、一蹴されるものだとグミは思っていたので、一瞬きょとんとしてから姿勢を正してその話に耳を傾ける。

「本拠地って言ってもそれほど規模も大きくはなかったし、俺の成績と指導員が結構な功績を持ってる人だったっていうのが考慮されて、その任務に加わることになってな」

「でも、だからって初任務でそんな現場行かせるって、いくらなんでも酷いんじゃ…」

「当時の司令官――、前任の司令官は頭が固いくせに配慮の足りないボンクラだったからな。拒否しようにも聞く耳持たなかったんだよ」

平坦な口調で敬意の欠片も見当たらないレンの発言に、グミは「は、はあ…」と微妙な相づちを打ってレンを見上げる。
昨日の警部への発言と合わせて考えて、どうもレンには遠慮というものがないらしい。

「あの時はとにかくがむしゃらで、向かってくる敵はとにかく斬っていって、それが20人を超えた辺りから数えるのもやめた。任務自体は成功だったが、敵味方合わせてその日一日でかなりの人間が死んだ。それから1週間は肉を食うどころか、見たくもなかったな」

「……そんな思いをしたのに、辞めようとは思わなかったんですか?」

「思わなかった。俺にとって、その選択肢自体ありえなかったしな。全部覚悟の上だったし、これが仕事だからしょうがないって早いうちに割り切った」

淀みのないきっぱりとした口調で言い切ってから、グミの方に視線を寄越して「お前は、どうなんだ?」と問い返す。

「昨日みたいなことはこれからいくらだって起こる。割り切れないっていうんだったら、もうここにはいない方がいい。無理にここにいたってろくなことがないし、辞めることにしても別に俺はお前を悪く思ったりしない」

なんとなく既視感を感じて、昨日ネルが自分達に向けていったことが脳裏に蘇り、それがレンの言葉と重なる。

―――あんた達もここにいるつもりなら割り切りなさい。ちゃんと自分で納得できる形でね。んで、それがどーしても無理だっていうんだったら、ここにいるのはやめた方がいいわ。今ならまだ引き返せるから。

二人の言葉をゆっくりと咀嚼してグミはレンの目を真っ直ぐ見据えて言った。

「私は…、辞めません」

今ならまだ引き返せる、とネルは言っていた。
ということは、ここにずっと居続ければ、もう後戻りは―――もとの生活には戻れないということなのだろう。
でも、それが何だというんだろう。
自分だって、憧れだけでここまで来たんじゃない。
それに自分の戻る場所なんてとっくの昔に消えうせてしまっている。
なら、あとはもう進むだけだ。

「私も、割り切ります。ちゃんと自分で納得できる形で」

強い口調できっぱり言い切った。
半分はさっきまでに沈んでいた自分自身への叱咤のつもりで。
レンは黙ったまますっと目を細めてグミを見ていたが、

「そうか」

呟くように言うと、ほんの少しだけその表情を緩めた。気がした。

「そういえば、昨日結局言いそびれてたんだが」

レンが思いついたように述べてから、一転して半眼の視線を向けて、

「昨日、捕まったのは計算か?それとも素か?」

「え、え〜っと……」

語調を少しきつくして問い詰められ、グミは思わず視線を泳がせる。
横っ面に受ける視線が、ちくちくと針のように刺さってきて痛い。
しかも、正直に言えといわんばかりのプレッシャーが醸し出されているのがありありと感じ取られて、若干身を引かせつつも素直に白状した。

「ごめんなさい。完全に素でした」

やっぱりかというような大きな溜め息の後、

「お前な、任務中は背後に気を配るのは常識だろ。しかも、戦闘能力皆無の相手に背中をとられるなど、言語道断。人質にとられたからどうにかなったのものの、あれが戦闘員だったら即刻あの世行きだったぞ」

「はい…。すみません……」

「あと、最初に銃向けられた時も、動くなって言われてたのにお前動いたよな?あいつが肝が小さい奴だったから無事に済んだが、あの時弾みで撃たれててもおかしくなかったぞ。相手が牽制してきた時は、下手に刺激しないっていうのも鉄則だろうが」

あくまで、いつもと変わらない口調の的確な叱責に返す言葉もなくて、グミはすっかり小さくなって何も言えなくなってしまう。
グミも昨日の時点で自分の失態に気付いていたし、反省もしていた。
でも、それが自身の命を脅かしていたかもしれないという所までは思い当たっておらず、今更だが背筋がうすら寒くなる。
説教が一通り終わった後も、言葉が見つからなくて黙りこくっていると、ふと頭にぽんと何か置かれる感覚を感じて顔を上げた。
それがレンの手だと認識した時には頭から手が離れていて、

「でも、まあ、あいつを投げ飛ばした時の機転の速さと、度胸の大きさは一応評価しとく。あれのお陰で、すんなり逮捕できたしな。次からは気をつけろよ」

その台詞の意味を理解するのにきっかり五秒かけてから、褒められたらしいということに気付くと、「あ、ありがとうございます」と少しこそばゆいものを感じながら、ぺこりと頭を下げた。
レンはそのまま近くまで来たついでという感じで、机の上にあったトレイを手に取るので、グミは何となくそれを見送ってしまってから、はっと我に返る。

「あ、自分で返しにいきますっ」

「いい。押しかけたのは俺のほうだし。それより、あとで司令官に呼び出されるだろうから、今のうちに着替えとけ」

「はあ…」

頷いたものの、なんで呼び出されるんだろうといまいち釈然としないでいると、「事後報告。昨日みたいな任務の場合、その後の経過を聞く義務があるんだよ、俺達には」とレンがちょっと面倒くさそうな顔で補足して、そういえばそういう話を授業でちらっと聞かされたようなことがあったな、と思い当たる。
条例について習っていた時、その教官がやっぱりちょっと面倒くさそうに説明していたのを思い出して内心苦笑を漏らす。
多分、あの教官も警察と折り合いが悪かったのだろう、と今なら容易に予測できた。

「それと、もう一つ」

レンがドアノブに手にかけた時、唐突に思い出したように声をあげてこちらを振り返った。

「一つ課題出しとく」

「課題?」

思わぬ単語が飛び出してきて、復唱しつつ首を傾げる。
ふと色々想像してみたが、何も思いつかず皆目見当がつかないでいると、

「ここにいるつもりなら、自分の戦う理由を見つけろ」

「戦う理由…、ですか?」

「まあ、言ってしまえば信念みたいなものだな。何のために自分は戦うのか、何故戦うのか。それをはっきり持っていれば、どんなことがあっても真っ直ぐ前を向ける」

「信念…」

呟いて考え込んでみるが、すぐには浮かんでこない。
顔をしかめて「うーん」と唸って思考を働かせるが、やっぱり何も出てこなくてわからなくなってくる。

「そんなに難しそうにするな。自分がなんでここに入ったか、ということをよく思い出して考えればいい。それでも浮かんでこなければ、他の奴に訊いてそれを参考にしても全然かまわない。けど、どんなことがあっても必ず貫き通せるものにしろ。期限は特にないからじっくり考えればいいが、そのかわり絶対にみつけろよ。いいな」

レンはそういい残すと、パタンと扉を閉めて部屋を出て行った。
部屋の中には静寂が戻り、壁にかけた時計の秒針の音だけが聴覚に届く。
クローゼットから制服を取り出しながら、グミはレンに言われたことを考えていた。
レッド・ウィングに入った理由ならすぐに言える。
でも、それは自分が戦う理由になるものとは到底思えないものだったし、手掛かりにもなりそうにないものだった。

(何のために戦うのか、か……)

再び思考回路を動かしてみるが、さっぱりわからなくて段々悶々としてくる。
どんなことがあっても貫き通せる、自分の信念。
今は全然浮かばないけど、いつかそれを見つけることができるだろうか。
問いかけるように窓の外に視線を向けるが、そこにはいつもと同じ青い空と景色が見えるだけで、答えは見つからなかった。




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