夜がすっかり更けて周りが真っ暗になった森の中を、グミ達はかすかなライトの光を頼りに歩いていた。
今回のターゲットは先の警察の襲撃から警戒を強め、現在森の奥に建てた豪邸を本拠地としているらしい。

「それにしても、足元が安定してなくて歩きにくいな……。狼とか熊とか出てきそうで若干怖いし…」

「テト、あんまりそういうこと言わないでよ…。本当に出てきそうじゃない……」

後ろから微妙にありそうなことを言われ薄ら寒く思っていると、

「まあ、出るでしょうね。こんな森の深い所なんだし」

一番後ろを歩いているネルが平然とのたまい、二人同時に「え!?」と声をあげた。

「あるのよねー。目的地に着く前に、そういった猛獣に遭遇すること。そういうのに襲われて、即刻脱落する隊員も数え切れないくらいいるし」

「そ、そんなに頻繁に遭うもんなんですか!?」

驚愕して思わずテトが大きな声をあげると、「……おい」と先頭を歩いていたレンが半眼になってこちらを見ていた。
それで我に返り、慌てて口を閉じるテトをレンは一瞥して、

「あんまり大きい声だすな。それと、ネル。でたらめ言って、新人をからかうのも大概にしろ」

「いや〜、だってこういうのって定番じゃん?だから、つい…」

舌をだしておどけるネルを少し睨んでから、レンは無言でまた歩き出した。
前方を歩くレンに近づいて、「でたらめ…、ですか?」と声を潜ませて聞くと、レンが一瞬こちらに視線を寄越してから口を開く。

「確かにそういうことが起こることはあるが、あいつが言うほど頻繁じゃない。第一、諜報部隊が情報を掴んで来る時、安全なルートも確認してくるから、そういうのはごく稀だ」

「なんだ〜…」

そういってほっと胸をなでおろすテトを見て小さく笑いながら、グミも密かに安堵していた。
ネルの言い方があまりにもありそうな感じだったので、正直いうとちょっと間に受けていたり。
その時、不意にがさがさっと葉擦れの音が聞こえ、思わずびくり体を震わせる。
反射的に音のした方にライトを向けるが、そこには何もいなかった。
さっきごく稀と聞いたばかりだったが、一抹の不安が胸の中に浮かんでくる。

「何か…、猛獣よりも幽霊とかが出てきそうな気がする……」

「ゆ、幽霊!?」

何気なく口にしただけだったが、それに過剰反応する声が後ろから聞こえて、しまったと思った。
テトが急にしがみついてきて、若干涙目になりがら、

無理無理!幽霊とか!ほんと無理!!

「大丈夫だよ、テト。幽霊なんていないから!だから大丈夫だって」

そうよ!そんなのいるわけないじゃない!!

しがみついてきたテトの背中をさすりながら宥めていると、突如後ろからそんな声が聞こえたので、テトと同時にそちらを見やる。
そこには若干顔を青くしながら「いるわけない。幽霊なんているわけない…」と呪文のように繰り返し呟いているネルがいた。
そうやって恐怖心を抑えようとしているとしか見えないのは、きっと錯覚じゃない。

「先輩…、もしかして……。幽霊とかそういうの苦手なクチですか?」

「そ、そんなことないわよっ!」

ネルは即座に否定したが、声が裏返ってしまっているので全然説得力がない。
寧ろ図星であることを露見しているように思える。

「だ、大体ね!幽霊とかそんな非科学的なものが存在するわけないじゃない。いるんだって言うなら、連れてこいっての!!だ、第一そんなの信じるのが馬鹿らしいわよっ!子供じゃないだからさ!」

「先輩、手が震えてますよ」

ははは、と乾いた声で笑うネルにテトは即座に突っ込んだ。
テトの指摘した手の震え以外に、目が泳いでいるし、笑った顔がかなり引きつっている上、額に冷や汗が浮かんでいる。
これは突っ込んだ方がいいのか、気がつかないふりをしておく方がいいのか、と真剣に悩んでいた時だった。
レンがこちらに手を伸ばし行く手を塞ぎつつ、じっと前方を見つめている。

「あの…?」

訝しんでグミが声をかけると、「しっ」とレンは人差し指を立てて、その指で前方を指差した。
視線を移すと、ぽつぽつと窓の明かりが見え、それでそこに何かの建物があることを認識することができる。

「あれが目的地ですか…?」

「ああ、写真と外装が一致する」

するとネルはさっきの怯えはどこにやったのか、いつもの表情で少し前に出て、レンと同じようにじっとそこを観察していた。

「ホントだ。門の形がおんなじね。にしても趣味悪っ。門の両端にガーゴイルの銅像なんか建てる?普通」

「自分の銅像建ててる奴よりかは、いくらかマシだと思うけどな。成金野郎の考えることは理解できない」

呆れたように言い合っている二人の会話についていけず、テトと二人でぽかんとしてしまう。
視線を戻して目を凝らしてみるが、窓の明かりでぼんやりと館の姿が確認できるだけで、外装どころかガーゴイル銅像すら見えなかった。

「これから限界まで接近する。ライトは消すから、絶対離れるなよ。それから必要以上に大声をあげないこと。特にそこの後ろ二人

後半部分は語調を強めて言いながら、レンはネルとテトを睨みつけた。
さっき会話に一切入ってこなかったが、一応聞いててついでに苛ついていたらしい。
その証拠にレンの顔は、さっき注意した時より眉間に皺が寄っていたし、何よりその視線が鋭利な刃物ように鋭く尖っていた。
テトは体裁が悪そう視線を泳がせてから、「すいません」とぺこりと頭を下げて謝ったが、ネルの方はちょっと拗ねたような顔して、ぷいっと顔を背けただけで謝罪の言葉はない。
そんなネルを暫くの間レンはじっと見ていたが、やがて諦めたように視線を外して歩き出した。
とはいえ微妙に気まずい空気が二人の間に流れ、間に挟まれている形になっているグミとテトにとっては居心地がこの上なく悪く。
結局、再びレンからの制止の合図があるまで、全員一言も発することなく歩き続けていた。





(あ、ほんとだ。ガーゴイルの銅像がある…)

館の一番近くにある茂みからわずかに顔を出し、双眼鏡を覗き込んでグミが最初に確認したのがガーゴイル銅像だった。
ネルが言ったとおりきっちり二体、門の両端にそれは佇んでいて、精巧にかたどられた顔でこちらをじっと見つめている。

「どう?」

テトに横から言われ、慌てて視点を移し、本来すべきことであった見張りの位置と数の確認に戻った。

「門の両端に2人ずつ、あと少し離れた所にある2つの監視塔に1人ずつ。計6人。アシュフォード先輩の言ったとおりです」

双眼鏡から目を離し、振り返って伝えると、ネルは一つ頷いて無線機でグミと同じことを報告する。

『了解。こちらの情報と一致する。これから、配置につく』

イヤホン型の無線機から諜報部隊からの返事が返ってくる。(今回はスピード重視の任務なので、装着タイプの無線機をつけることになった)
館の方に視線を戻して、今度は双眼鏡なしで周囲の様子を窺う。
門の前にいる見張りの方は、ぼんやりとだが認識できるが何人かまでは判別しにくく、監視塔の上の分はそこからのライトの逆光のせいでいまいち確認しづらい。
しかしこれを含め、レンは肉眼だけで全て把握していた。
念の為に双眼鏡で確認したが、ぴったり当たっていたのでレンは全部見えていたということになる。
経験の差を見せつけられたようで、改めてこの人の凄さを実感する。

「諜報部隊が準備している間にこれの説明する。一回しか言わないから、ちゃんと聞けよ」

レンがブレスレット型の信号受信機をみせながら、抑えた声で説明し始めた。
曰く、任務開始時には受信機を任務中のモードに必ず切り替えること。
これをすることで受信機は周りにいる隊員のシグナルをキャッチし、味方の位置がデジタル画面に表示され配置や生存確認ができるようになる。
そしてその信号は装着者が死亡すると同時に途絶える。
一つの信号がロストすると――つまり、装着者の受信機が故障するか、死亡してしまうと、警報が鳴ってすぐに確認できるようになっている。

「あと、これで救援信号も出せるようになってるから、危険を感じたら迷わず使用すること。質問は?」

テトとグミが同時にかぶりを振ると無線機から『全員配置についた。これより、作戦行動に移る』と諜報部隊からの連絡があり、いよいよだとグミは固唾を飲み込んだ。
今回の作戦はこう。
まず、諜報部隊が先に忍び込み、セキュリティーシステムをいじって、侵入者感知装置を全て作動させ、混乱に陥れる。
相手側が混乱している内に門を開かせると、それを合図に一気にこちらの4名全員で正面突破する。
全員が侵入したのを確認したら、諜報部隊は援護にまわり、こちらはターゲットが逃亡する前にその身柄を確保するというものだった。
どう考えても少々、否、結構大雑把で強引な作戦だが、ネルとレンはそれを聞いても眉一つ動かさず「了解しました」とだけ答えた。
出発前、ネルに聞いた所では、

「いっつもこんな感じよ?私とレンと組む時は特にね。まあ、諜報部隊が援護にまわってくれるから大丈夫でしょ」

たいした危機感もなくさらっと返されて、微妙に不安になったのはテトも同じだったようで、二人で顔を見合わせたほどだ。
それを思い出すと、急に緊張してきて、少し体が強張っていく。

「お前ら新人に言っておくことが一つだけある」

不意に口を開いたレンの声に、俯かせていた顔を上げる。
レンは顔だけこちらを振り向かせ、

「お前らは自分から戦いにいかなくて良い。むかって来る奴だけ倒せ。自分の身を守ることだけに専念しろ。あとは俺達に任せておけ」

いつもの口調でそれだけ言うと、再び前方に視点を戻した。
ふと視線を横に向けると、ネルが微笑んでこちらにウィンクして見せる。
すると緊張が収まり、少し落ち着いてくる。
一つ深呼吸をして、合図の時を待つ。
少しだけだが、やれるような気がしてきた。
それから少し経った後、館内から警報が響き渡り、見張りが現状把握にあわただしくなるのが見てとれた。
そうこうしている内に突然門が開き始め、

「行くぞ」

レンのその言葉を合図に一斉に茂みから飛び出す。
相手がいきなり現れた敵に動揺している内に、レンとネルが見張りを全て斬り捨てて門をくぐると、そのまま一気に駆け抜ける。
監視塔の見張りがこちらにライフルを向けるのを視界の端で捕らえたが、別の方向からの銃声が聞こえ、短い悲鳴と共に塔の向こうに消えていった。
状況が飲み込めず唖然として見上げていると、すでに待機に入っていたらしい二人の諜報部隊員が駆け寄って来て、

「ターゲットは最上階の部屋です。ターゲットの脱出ルートに一時的にロックをかけて、足止めしてます」

「了解。ここは任せるわよ」

「はい」

二人が敬礼して了承するのを見送ると、速度を速めてネルとレンがドアを蹴破って館内に突入する。
と、同時に人がわらわらと集まってきて、あっという間に囲まれてしまった。
背後を取られないように全員で背中をつきあわせて、

「うへー…、何人いんのよ。これ全員雇ったわけ?」

「軽く20人はいるな。服装からして、全員雇った殺し屋だろ」

うんざりしたネルの呟きに冷静にレンが返すと、「来るぞ」というレンの言葉と同時に何人かが一気に飛びかかってきた。
むかって来た男のサーベルの斬撃を反射的にかわし、隙をついて地面を蹴り体当たりを食らわせる。
そのまま相手に尻餅をつかせ、斬撃を振り下ろそうとした時。

「ま、待ってくれ!家族がいるんだ!」

そう言われて、思わずぴたりと刀を振り上げた体勢で止まってしまった。
それを見計らったように敵は武器を拾い上げこちらの心臓めがけてサーベルを突き出す。

「グミ!」

テトの声が背後から聞こえた時には、相手のサーベルがこちらを貫きそうになっていて。
直後どすっという肉体を貫かれる音が聞こえた。
しかし、その音が聞こえたのはグミの体からではなく、目の前の男で。
その男の心臓を貫ぬいていた刀が引き抜かれると、どさっとその場に崩れ、その後ろに立っていたレンがこちらを見下ろしていた。
レンはぷっつり事切れたその男を一瞥してから、呆然としているグミの肩をがっと掴み、

「何を言われようが躊躇うな!きっちり殺せ!死にたいのか!!」

「す、すみません!」

「ぼさっとするな!次来るぞ」

軽く後ろに突き飛ばされ、たたらを踏むと新手の敵がこっちにむかって攻撃を仕掛けてきた。
それを何とか回避して、一気に間合いを詰めて今度は躊躇わず相手の心臓辺りを刀で貫く。
どしゅっ、という音と一緒に刀の先から柄にむかって、決して心地よくない感触が手に伝わってくる。
しかし、それに対して何らかの感想を抱く前に、次の敵からの攻撃がやってきた。
それを刀で防ぎ、間合いを取って再び皆と背中をつきあわせる。

「キリがない!一体何人いるのよ!」

「ここのマフィアの戦闘メンバーがこっちに合流して来ているみたいだな。だから、どんどん敵が増えてきている」

「でも、早く行かないとターゲットが逃げるんじゃ…!」

「どうする?レン」

ネルが肩越しにレンを振り返って訊くと、レンは周りを見渡してほんの少しの間だけ思案顔になってから、

「ネル。こいつら、任せていいか?」

「テトがいるからいつもより時間かかるかもだけど……、何とかなるわ」

「じゃあ、お前ら2人にここを頼む。俺とこいつはここを突破して最上階を目指す。突破口を開くぞ」

「りょーかい!」

ネルの返事を合図に、一斉に敵の数が手薄になっている所に一気に突っ込んでいく。
次から次へとやってくる敵からの攻撃を防いでいると、「新入り、今から言うことをよく聞け」レンがとグミの背後に回って話し始めた。

「さっき言ったように、俺達は敵陣の中に突っこむ。行く手を阻む奴だけを斬って行くから、一旦ペースを乱せば時間をロスしてしまう。説明しなくてもわかるな?」

「はい」

力で押してくる敵の鳩尾を蹴り飛ばして、答える。
こういった制限時間がある場合の戦闘では、できるだけ無駄な戦いを避ける必要がある。
よって、行動共にする者全員がペースをあわせていかなければならない。
1人でもペースを乱せば、余計な戦闘が避けれなくなる可能性が高くなり、結果それによるタイムロスが生じてしまうことになるからだ。
こういう場合を想定した戦闘は、候補生の時に何度か実習で行ったことがあるので、やりかたは頭に入っている。

「俺はお前のペースに合わせるつもりはない。だから、お前が俺のペースに合わせろ」

「え?」

基本の戦い方の放棄を宣言され、グミは思わず絶句した。
思いがけない事に唖然としているグミを、レンはちらりとだけ見て表情を変えず続ける。

「お前が少しでも遅れたら、そのまま放っていくからな。置いていかれたくないんだったら、死ぬ気でついて来い。いいな」

「……はいっ!」

力強く頷いて見せると、レンがグミの前に出る。
正直言って、レンのペースに合わせられる自信はグミにはなかった。
レンとは毎日稽古をしているが、たった四日だけなので彼の攻撃パターンは少ししか頭の中に入っていない。
しかも、いつも手加減されているので、恐らくそれらはあまり役に立たないだろう。
でも、やるしかない。
一つ深呼吸をして覚悟を決めた時、「レン!」ネルの声で振り返ると、人垣の中で人一人通れそうなわずかな隙間が出来ている。
ネルに手振りで行けと示されて、迷わずそっちに駆け出すレンにグミもついて行き、どうにか突破する。

「突破されたぞ!」

その声に振り返ると、しかし上手く残った二人がカバーしてくれたのか、追っ手は一人もいなかった。
ほっと胸をなでおろして顔を前に戻して、レンのスピードに合わせて一気に廊下を駆け抜ける。

「こちらレン。現在、グミ・マーシャルと共に敵の包囲を抜けた。これより突破行動に移る。各階の諜報部隊は援護を頼む。俺たちの援護を終えたら、エントランスで戦ってる残りの二人の援護に行ってくれ」

『了解した。援護はこっちの専門分野だ。任せろ』

短いノイズと共に通信が切れると、若干不安になってレンの顔を見上げる。

「何だ?」

「いや、あの…。二人とも大丈夫かなって……」

言いながら心配になってきて、声が尻すぼみになってしまう。
対するレンは、なんだそんなことか、というような顔をして、

「ネルが大丈夫だって言ったから、大丈夫だろ。ああいう場面で嘘をついたら命とりだっていうことは、あいつだってわかってる」

「でも……」

「他人の心配より自分の心配をしてろ。次の角から何人か来るぞ」

レンが一旦足を止めると、少し先の角から四人ほど出てきてこちらに向かってくる。
グミが構えに入ったのを横でレンが確認すると、

「さっきみたい躊躇うなよ」

レンの言葉にグミが小さく頷くと、同時に地面を蹴って駆け出した。



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