「それにしても、足元が安定してなくて歩きにくいな……。狼とか熊とか出てきそうで若干怖いし…」
「テト、あんまりそういうこと言わないでよ…。本当に出てきそうじゃない……」
後ろから微妙にありそうなことを言われ薄ら寒く思っていると、「まあ、出るでしょうね。こんな森の深い所なんだし」
一番後ろを歩いているネルが平然とのたまい、二人同時に「え!?」と声をあげた。「あるのよねー。目的地に着く前に、そういった猛獣に遭遇すること。そういうのに襲われて、即刻脱落する隊員も数え切れないくらいいるし」
「そ、そんなに頻繁に遭うもんなんですか!?」
驚愕して思わずテトが大きな声をあげると、「……おい」と先頭を歩いていたレンが半眼になってこちらを見ていた。「あんまり大きい声だすな。それと、ネル。でたらめ言って、新人をからかうのも大概にしろ」
「いや〜、だってこういうのって定番じゃん?だから、つい…」
舌をだしておどけるネルを少し睨んでから、レンは無言でまた歩き出した。「確かにそういうことが起こることはあるが、あいつが言うほど頻繁じゃない。第一、諜報部隊が情報を掴んで来る時、安全なルートも確認してくるから、そういうのはごく稀だ」
「なんだ〜…」
そういってほっと胸をなでおろすテトを見て小さく笑いながら、グミも密かに安堵していた。「何か…、猛獣よりも幽霊とかが出てきそうな気がする……」
「ゆ、幽霊!?」
何気なく口にしただけだったが、それに過剰反応する声が後ろから聞こえて、しまったと思った。「無理無理!幽霊とか!ほんと無理!!」
「大丈夫だよ、テト。幽霊なんていないから!だから大丈夫だって」
「そうよ!そんなのいるわけないじゃない!!」
しがみついてきたテトの背中をさすりながら宥めていると、突如後ろからそんな声が聞こえたので、テトと同時にそちらを見やる。「先輩…、もしかして……。幽霊とかそういうの苦手なクチですか?」
「そ、そんなことないわよっ!」
ネルは即座に否定したが、声が裏返ってしまっているので全然説得力がない。「だ、大体ね!幽霊とかそんな非科学的なものが存在するわけないじゃない。いるんだって言うなら、連れてこいっての!!だ、第一そんなの信じるのが馬鹿らしいわよっ!子供じゃないだからさ!」
「先輩、手が震えてますよ」
ははは、と乾いた声で笑うネルにテトは即座に突っ込んだ。「あの…?」
訝しんでグミが声をかけると、「しっ」とレンは人差し指を立てて、その指で前方を指差した。「あれが目的地ですか…?」
「ああ、写真と外装が一致する」
するとネルはさっきの怯えはどこにやったのか、いつもの表情で少し前に出て、レンと同じようにじっとそこを観察していた。「ホントだ。門の形がおんなじね。にしても趣味悪っ。門の両端にガーゴイルの銅像なんか建てる?普通」
「自分の銅像建ててる奴よりかは、いくらかマシだと思うけどな。成金野郎の考えることは理解できない」
呆れたように言い合っている二人の会話についていけず、テトと二人でぽかんとしてしまう。「これから限界まで接近する。ライトは消すから、絶対離れるなよ。それから必要以上に大声をあげないこと。特にそこの後ろ二人」
後半部分は語調を強めて言いながら、レンはネルとテトを睨みつけた。(あ、ほんとだ。ガーゴイルの銅像がある…)
館の一番近くにある茂みからわずかに顔を出し、双眼鏡を覗き込んでグミが最初に確認したのがガーゴイル銅像だった。「どう?」
テトに横から言われ、慌てて視点を移し、本来すべきことであった見張りの位置と数の確認に戻った。「門の両端に2人ずつ、あと少し離れた所にある2つの監視塔に1人ずつ。計6人。アシュフォード先輩の言ったとおりです」
双眼鏡から目を離し、振り返って伝えると、ネルは一つ頷いて無線機でグミと同じことを報告する。『了解。こちらの情報と一致する。これから、配置につく』
イヤホン型の無線機から諜報部隊からの返事が返ってくる。(今回はスピード重視の任務なので、装着タイプの無線機をつけることになった)「諜報部隊が準備している間にこれの説明する。一回しか言わないから、ちゃんと聞けよ」
レンがブレスレット型の信号受信機をみせながら、抑えた声で説明し始めた。「あと、これで救援信号も出せるようになってるから、危険を感じたら迷わず使用すること。質問は?」
テトとグミが同時にかぶりを振ると無線機から『全員配置についた。これより、作戦行動に移る』と諜報部隊からの連絡があり、いよいよだとグミは固唾を飲み込んだ。「いっつもこんな感じよ?私とレンと組む時は特にね。まあ、諜報部隊が援護にまわってくれるから大丈夫でしょ」
たいした危機感もなくさらっと返されて、微妙に不安になったのはテトも同じだったようで、二人で顔を見合わせたほどだ。「お前ら新人に言っておくことが一つだけある」
不意に口を開いたレンの声に、俯かせていた顔を上げる。「お前らは自分から戦いにいかなくて良い。むかって来る奴だけ倒せ。自分の身を守ることだけに専念しろ。あとは俺達に任せておけ」
いつもの口調でそれだけ言うと、再び前方に視点を戻した。「行くぞ」
レンのその言葉を合図に一斉に茂みから飛び出す。「ターゲットは最上階の部屋です。ターゲットの脱出ルートに一時的にロックをかけて、足止めしてます」
「了解。ここは任せるわよ」
「はい」
二人が敬礼して了承するのを見送ると、速度を速めてネルとレンがドアを蹴破って館内に突入する。「うへー…、何人いんのよ。これ全員雇ったわけ?」
「軽く20人はいるな。服装からして、全員雇った殺し屋だろ」
うんざりしたネルの呟きに冷静にレンが返すと、「来るぞ」というレンの言葉と同時に何人かが一気に飛びかかってきた。「ま、待ってくれ!家族がいるんだ!」
そう言われて、思わずぴたりと刀を振り上げた体勢で止まってしまった。「グミ!」
テトの声が背後から聞こえた時には、相手のサーベルがこちらを貫きそうになっていて。「何を言われようが躊躇うな!きっちり殺せ!死にたいのか!!」
「す、すみません!」
「ぼさっとするな!次来るぞ」
軽く後ろに突き飛ばされ、たたらを踏むと新手の敵がこっちにむかって攻撃を仕掛けてきた。「キリがない!一体何人いるのよ!」
「ここのマフィアの戦闘メンバーがこっちに合流して来ているみたいだな。だから、どんどん敵が増えてきている」
「でも、早く行かないとターゲットが逃げるんじゃ…!」
「どうする?レン」
ネルが肩越しにレンを振り返って訊くと、レンは周りを見渡してほんの少しの間だけ思案顔になってから、「ネル。こいつら、任せていいか?」
「テトがいるからいつもより時間かかるかもだけど……、何とかなるわ」
「じゃあ、お前ら2人にここを頼む。俺とこいつはここを突破して最上階を目指す。突破口を開くぞ」
「りょーかい!」
ネルの返事を合図に、一斉に敵の数が手薄になっている所に一気に突っ込んでいく。「さっき言ったように、俺達は敵陣の中に突っこむ。行く手を阻む奴だけを斬って行くから、一旦ペースを乱せば時間をロスしてしまう。説明しなくてもわかるな?」
「はい」
力で押してくる敵の鳩尾を蹴り飛ばして、答える。「俺はお前のペースに合わせるつもりはない。だから、お前が俺のペースに合わせろ」
「え?」
基本の戦い方の放棄を宣言され、グミは思わず絶句した。「お前が少しでも遅れたら、そのまま放っていくからな。置いていかれたくないんだったら、死ぬ気でついて来い。いいな」
「……はいっ!」
力強く頷いて見せると、レンがグミの前に出る。「突破されたぞ!」
その声に振り返ると、しかし上手く残った二人がカバーしてくれたのか、追っ手は一人もいなかった。「こちらレン。現在、グミ・マーシャルと共に敵の包囲を抜けた。これより突破行動に移る。各階の諜報部隊は援護を頼む。俺たちの援護を終えたら、エントランスで戦ってる残りの二人の援護に行ってくれ」
『了解した。援護はこっちの専門分野だ。任せろ』
短いノイズと共に通信が切れると、若干不安になってレンの顔を見上げる。「何だ?」
「いや、あの…。二人とも大丈夫かなって……」
言いながら心配になってきて、声が尻すぼみになってしまう。「ネルが大丈夫だって言ったから、大丈夫だろ。ああいう場面で嘘をついたら命とりだっていうことは、あいつだってわかってる」
「でも……」
「他人の心配より自分の心配をしてろ。次の角から何人か来るぞ」
レンが一旦足を止めると、少し先の角から四人ほど出てきてこちらに向かってくる。「さっきみたい躊躇うなよ」
レンの言葉にグミが小さく頷くと、同時に地面を蹴って駆け出した。