食堂を出るとレンの後ろ姿が見えた。
今朝のお礼を言おうと思って声をかけようとしたが、どうやって声をかけようかと真剣に悩んでしまい、その場に立ち尽くす。
そうこうしている内にどんどんレンが遠のいていくので、もうどうにでもなれ、と若干捨て鉢になって声をかけようとした。
刹那、
ピピー!ピピー!ピピー!

ふあっ!?

思わぬ伏兵に不意をつかれ、思わず大きな声をあげてしまい、その声でレンが振り返った。
変な声を聞かれた恥じらいと、予期しない出来事のせいで状況に付いていけてないのとで、グミはそのまま硬直してしまい、きょとんとした顔のレンとしばしの間、顔を合わせる。
二人の間に微妙な空気が流れた後、レンが左腕を指し示しているのに気付くと、ようやくグミは我に返り、レンが指し示していた辺りに視線を落とす。
そこにはブレスレット型の信号受信機をつけていた。
入隊初日に手渡され、いつも装着するように言われていた物で、さっきの電子音の元はどうやらこれだったようだ。
受信機のデジタル画面に、「連絡:至急、司令官室へ」と表示されている。

「呼び出し…、だな。行くぞ」

グミと同じ連絡が来ていたのか、レンはそう言うとさっきと同じ歩調で歩き出し、一拍遅れてグミもその後に続いた。
横に並んでちらりと視線を向けて、レンがいつもと変わらない表情をしているのを確認してから、胸中でよし、と意気込んでから声をかけた。

「あのっ、今朝はありがとうございました」

「……?何のことだ?」

なんのことかさっぱりわからないという風に首を傾げられ、朝食の件をおずおずとあげると、レンは合点したように「ああ」とこぼして、

「別に礼を言われるほどのことじゃない」

「でも、実際助かりましたし。だから、ありがとうございました」

そう言ってぺこりと頭を下げると、レンは目をしばたたかせて、ふいと視線を外した。
何かまずいことでも言っただろうか、とグミは先ほどの会話を頭の中で何度も思い返してみるが、全く思い当たらずますます困惑する。
もしかして、自覚してないだけで失礼なこと言ってしまったのだろうか?
だとしたら、どれがいけなかったんだろう?
そんな風に悶々と考え込んでいるグミをレンはちらりと一瞥すると、ほんの一瞬だけ小さく笑い、グミがこっそり顔色を窺ったときには元の表情に戻っていた。





「失礼します」

観音開きの扉を開けると、カイトはにこやかに笑い、

「や、二人とも意外に早かったね」

「たまたま一緒にいたので。それより任務ですか?」

「任務」という言葉にグミがぴくりと反応するのを感じたが、別段気にせずレンはいつものように尋ねた。

「まあ、そうなんだが…。まだ揃ってないから、それまで少し待っててくれるか?」

カイトの「揃ってない」という言葉に引っかかりを覚え、レンは表情を険しくさせる。
自分が初めて行った現場が脳裏に浮かぶ。
まさか、あんなふうな任務に就かせる気なのだろうか。

「どうした?レン」

レンの表情を怪訝に思ったのか、カイトが訊いてきたので、表情を変えずに尋ねる。

「揃ってないってことは、あと何人かここに呼んでるってことですよね?」

「まあ、そうだな」

「まさかとは思いますが、いきなり組織一つ壊滅させてこいっていうんじゃないでしょうね?」

レンが非難するように詰め寄ると、隣から「え…」と小さく声が聞こえた。
カイトは一瞬きょとんとした後、急に吹き出して笑い、片手を横に振って、

「ないない。いくら特待生だからって、初任務にそんなとこ行かせるわけないだろ」

「どうだか。あなたなら十分ありえます」

「前の司令官じゃないんだから、するわけないって。そんなに俺、信頼ない?」

「あなたには、輝かしい前科が幾つかありますので。信頼しろっていうのが若干無理ありますよ」

わざと一部分だけ強調して言ってやると、「いや、まあ、…ははっ」笑って気まずそうにカイトは視線を逸らした。
その時、カイトが怪訝な顔で「どうかした?」と声をかけたので、振り返るとグミがなにやらぽかんとした顔をしていて、

「あ、いや、何だか二人ともいつもと雰囲気が違うなって……」

そう言われて、二人は目を同時にしばたたかせた。

「色々とあったからね。お互い」

カイトは感慨深そうにそう呟き、レンはそれを横目に「そういえば」と話題を強引に変えた。

「入隊式って、まだ宣戦宣言とかやってるですね。しかも言ってること、相変わらずかなり寒いし」

「言うな。あれ、言ってる俺が一番寒いんだぞ……」

「言われてるこっちも相当寒いですけどね。司令官権限でどうにかならないんですか?」

「一回だけ外そうとしたんだけど、上から即却下されてな。以来、そのままだよ。年寄りが多いせいか、今更時代遅れだってのがわからないらしい」

そういって頭を垂れるカイトに、しかしレンは全く同情する気は起こらなかった。
カイトに嫌悪感を抱いているからというわけではない。
これが、「ふり」だとわかっているからだ。
カイトはその本性を誰にも明かさず、こうやって「ふり」をすることがたびたびある。
普段、周りに対して紳士的に振る舞っているのも、例外じゃない。
どういう理由でそうしているのは知らないが、この人は自分を見せないために他人の前では常に仮面をかぶり続けている。
カイトとはそういう人間なのだ。
それを知ってるのは恐らく自分と、彼と付き合いの長いあの二人だけである。
背後で扉が開く音と、「失礼します」という聞き慣れすぎた声が聞こえ、思わずレンは肩をぴくりと跳ね上げた。
振り返ると、やっぱりというかネルとテトがそこにいて、小さく溜め息を吐く。

「司令官」

「どうした?レン」

任務の説明に入ろうとしていたカイトに挙手してから、

「また、こいつとですか?」

「何よ!私と任務がそんなに不服なわけ!?」

「まあまあ、ネル。落ち着いて」

穏やかな声でネルを宥めてから、カイトはふー、と細く息を吐いた。
相変わらず、この二人は顔を合わせるたびに大変だな、とカイトは胸中で苦笑する。

「レン。何が不服なんだ?」

「不服というか…、最近ネルと組むのがやたら多い気がするんですが」

「しょうがないだろ。レンとネルが組んだときの任務の成功率は群を抜いて高いし、こちらの被害も少ない。それに、グミとテトは養成学校でペアを組んでて、その成績も今期で一番高かった。その辺を考慮すると、初任務にはこのメンバーが一番適切だろ?」

「え!?任務なんですか!?」

「だーから、言ったでしょーが。あんた、やっぱり私の言ったこと信じてなかったわね…」

ネルがテトを睨みつけるとテトは笑って誤魔化したが、その顔には心なしか冷や汗が浮かんでいるように見える。
もう早速何らかの制裁を与えたのか、とレンは若干呆れつつ、止めに入ろうとしていたグミに片手で制してやめさせた。
止めに入ったが最後、間違いなくこっちに飛び火するのは火を見るより明らかである。
不意にカイトがわざとらしい咳払いをし、それでネルは今の状況を思い出したのか、「失礼しました」とペコリと頭を下げて、どうにか事態は収束した。

「で、レン。さっきの件、納得してくれたのかな?」

「……まあ、一応」

カイトの言ったことは最もだったし、どうせ覆ることも無いだろうという諦めから了承したが、釈然としない部分も少なからずあったわけで、ささやかな抵抗の意として曖昧な返事で返しておいた。
カイトがそれを感じ取ったかどうかは知らないが、「じゃ、本題に入ろうか」とデスクからぺらりと一枚の紙を取り上げた。

「ターゲットは、裏の業界で目立ち始めてきたマフィアのリーダー、マウロ・ハウディス。麻薬や覚醒剤の販売によってかなりの利益を得たらしい。今回は、麻薬取り締まり法違反とその他もろもろの罪状で、このリーダーを見つけ次第、速やかに逮捕すること。何か質問は?」

「はい、司令官」

カイトのわりと適当な説明の内容に、露骨に釈然としない顔をして手を挙げたのはネルだった。
カイトがあごをしゃくって促すと、ネルは腰に手をあて、

「これって警察の管轄なんじゃないですか?」

不満顔のまま最もな質問を口にした。
レンもそれは疑問に思っていた。
レッド・ウィングはあくまで反政府勢力を粛清するために結成されたものであって、一般の犯罪者の逮捕などは原則として行わない。
というより、その権利を所持していないのだ。
カイトは最もだといったように頷いて見せて、

「実はこれは依頼されたものでね。依頼主は」

「警察庁ですね?」

代わりに答えたレンに「そうだ」と短く答えると、手に取った依頼書を若干うんざりしたように眺めてカイトは続けた。

「警察は部隊を形成して、一度このマフィアに乗り込んだらしいけど、部隊は壊滅状態。その上肝心のターゲットは逃亡。敗因の一つとして、多くの殺し屋をマフィア側が雇っていたことが上げられている」

「言い訳がましー。財力があるんだから、それくらい予想できたでしょうに」

「その数が予想外に多いうえ、腕の立つ奴らばかりだったらしい」

「で、これ以上失態を犯したくない軟弱な警察庁は、プライド捨てて特命を出してうちに頼み込んだってわけですか」

「まあ、そんなところだね」

若干失礼な言葉を並べながら呆れた風にいうネルを、たいして咎めるようなことを言うわけでもなくカイトは頷いた。
といっても相手が相手なので、別に敬意を払う必要もないのだが。

「あの〜、すいません」

遠慮がちにテトは挙手して言った。

「特命ってなんですか?」

その言葉にその場の空気が固まった。
一瞬にして静まりかえってしまったのを不思議そうにしているテト。
そしてテトが放った言葉が信じられず、驚愕のあまり硬直する一同。

「ちょ、ちょっとテト!あんた、それ、本気で言ってんの!?ボケとかじゃなく!?」

「へ?」

「入隊試験の筆記試験で条例の問題あったでしょ!?穴埋め式のやつ!そこで出題されてたじゃない!」

「あー、あそこわかんなかったから、ほとんど空白のままだったんだよね〜」

ネルとグミに口々に詰め寄られつつも、えへへ、と笑って返すテトに一同呆れ返って同時に溜め息をついた。
何となくちくちくとこめかみあたりが痛むのは、きっと気のせいではないだろう。

「流石、筆記試験平均点以下だっただけあるわね…。寧ろ感心するわ」

「いやー、それほどでも〜」

「言っとくけど、褒めてないからね。1ミリも褒めてないからね」

呆れ果てて突っ込んだネルに、今回ばかりは同情した。
どうやら彼女には戦闘指導よりも、もっと基礎的な指導が必要になりそうだ。

「新入り」

「はい?」

「条例第8条をそらで言えるか?」

「ええ、言えますけど」

「じゃあ、今教えてやれ。そこ、ちゃんと聞けよ」

テトに指差しで指示してから、グミの背中をポンと軽く押して前に出させると、グミは明瞭な声で一度もつまることなく条例を読み上げた。

「条例第8条、レッド・ウィングに所属するものは、反政府組織及び、それに加担する者以外の犯罪者に対する逮捕権を所持しない。しかし警察庁から特命を出された場合、これを所持することを許可する。なお、この特命は警察庁が事件を解決できないと判断した時のみ、執行されるものとする」

「おみごと。一字一句間違ってないね。流石だ」

そう言って拍手を送ったのはカイトだった。
とはいえ、これは自分達にとって常識的なものなので、言えて当たり前なのだが。
ほうほう、と今知ったような顔をしているテトを横目に、本当にこのメンバーで大丈夫だろうか、とレンは結構本気で心配になってくる。
小さく嘆息してから、

「司令官、もう一つ質問が」

「ああ、何だ?」

「さっき、ターゲットは殺し屋を多数雇用していると言いましたが、そっちの対処のほうは?」

「それについては、特に何も言われてないから、好きにしていい。生死は問わないよ」

生死は問わない。
その言葉にグミが若干顔を強張らせるのがわかったが、特に何をするわけでもなく放置して、「了解しました」とだけ返した。

「あ、そうそう」

ふとカイトが思い出したような声をあげて、

「ターゲットの身柄は現場で引き渡すことになってるから、絶対に殺すなよ?あと、できるだけ無傷で引き渡してくれれば、こっちとしても助かる」

「了解しました。気をつけろよ、ネル」

「何で私に言うのよ!?」

「3ヶ月前の任務でお前が何をやらかしたか、もう忘れたのか?忘れたっていうんなら、今ここで思い出させてやってもいいけど」

あーーーー!!言うな、言うな、言うなーーーー!

思い出したくないことなのか、新人の手前だからか(多分両方だろう)、その場で頭を抱え込んで、首がとれそうなくらいの勢いで首を横に振るネルを、レンは若干引いた所で見ていた。
そんな二人を見てか、カイトは苦笑を漏らし、新人二人は顔を見合わせてくすくすと笑っていた。





「レンく〜〜〜んvv」

執務室から出た時、不快極まりない声で呼び止められ、背筋に悪寒が走った。
背後から近づいてくる人物が攻撃範囲に入るのを感じ取って、振り向きざまに手の甲でその顔面をぶん殴る。
「ぶへっ」という悲鳴をあげて大の字で倒れこんだ男の前にレンは仁王立ち、色んな意味で彼を見下ろして、

「こんにちは、このド変態

「ぶっ…、久々に効いた…。レンくんのパンチ…。でも、いい!」

「そうですか。なら、意識吹っ飛ぶまで殴り続けてあげましょうか?今なら快く引き受けますよ」

顔を押さえながら、ぐっと親指を立てて見せやがるその男に胸ぐらを掴みかからん勢いで言ってやると、流石に危険を察知したのか「あはは、遠慮しとくよ」と苦笑いしながら白衣をパンパンとはたき、立ち上がった。
その時、こちらに向けられていた彼の視線がふと横に逸れて、「ん?」と眼鏡を僅かに上下させてそこを凝視してから、

「レンくん。そこの彼女は?」

指されたほうに視線を向けると、少し離れた所でぽかんとしているグミの姿があった。

「ああ、あいつはこの前入隊してきた……」

そこまで言って、レンははっと口を閉じた。
まずい。完全にこいつ、スイッチ入ってる。
そう察知した瞬間、そいつは目で追えないほどのスピードでグミに接近し、至近距離からまたグミの顔をじーっと凝視し始めた。
見知らぬ男に凝視されるはめになったグミは、彼の奇行にたじろぎのけぞって、どうしたらいいのか分からず、明らかに引いている。
そして、急に彼女の両手をがっと掴み、

「名前を教えてくれる?」

「はい?」

「名前。キミの名前」

「……グミ・マーシャルです」

戸惑った顔でグミは一応名乗ったが、その後質問ぜめにされ、見るからに困っている。
その状況をレンは流石に気の毒に思い、ずかずかと背後から近づき、彼の頭を思いっきり殴りつけてやった。
痛みに悶えて後頭部を押さえてしゃがむその男をレンは再び色々な意味で見下ろし、

「質問ぜめにする前に名乗るのが常識ですよ。この変態男

「さっ、さっきから変態、変態って…。ひどいよ、レンくん。僕はただ老若男女問わず美形が好きなだけだよ!」

「だからそれが変態だって言ってるんですよ。年齢制限なしで女だけでなく男も許容範囲に入ってるなんて、変態以外なんだっていうんですか」

「大丈夫!今はちゃんとレンくんが一番だから!」

「全然大丈夫じゃないですよ、それ。っていうか話を聞け。この救いようのないド変態が

悪態をつきながら鞘に収まったままの刀で、もう一発同じ所を力いっぱい殴りつけてやった。
ふと視線を移すと、グミが困惑したままの顔で硬直しているのに気付き、一瞬迷ってから溜め息を吐いて、あまりの痛みに悶絶して涙目になっているその男に目を向けた。

「この人は、キヨテル・アイフリーダー博士だ。名前くらい聞いたことあるだろ?」

「え!?こ、この人が!?」

信じられないと言った風に目を丸くするグミを見て、まあ、そうだろうなと思う。
キヨテル・アイフリーダーというこの男は、世界最年少のわずか17歳という若さで博士号を得たという、このなりでは想像もつかない経歴をもっている。
しかも、その後の研究により、あらゆる生物の生態系を解明し、医療技術の発達や軍の新兵器開発に貢献して、多くの賞の受賞により学会でも鬼才と称され、その名を歴史に刻んだ男だった。
そんな数々の偉業を持った人物が、こんな変態丸出しの男と同一人物だなんて信じられるはずがない。
実際、自分も初めて顔を合わせた時、到底信じられず疑ってかかっていたくらいだ。

「でも、どうしてこんな所に、キヨテル博士が?」

「今はここの処理部隊のアンドロイド解析班に務めてて、そこの責任者をやってるそうだ。そうですよね?」

「あ、うん、そう。まあ、他にも色々やってるんだけどね。アンドロイドに効く兵器の開発とか。たまに死体解剖の診断に加わることもあるし」

頭をさすりながら、あはは、と笑ってキヨテルは答えた。
少し感心したように小さく「へー」と漏らすグミに「そういえばさっきも訊いたけど」とキヨテルはくるりと向き直って、

「もしかして、キミがレンくんから指導を受けてる噂の隊員かな?」

「え?はい。一応アシュフォード先輩に指導してもらっていますけど……」

「やっぱり!そうか、キミが……」

そう言って、じっとグミをじっと見つめてから、何か納得したように、にこりと笑った。
意味がわからず、首をかしげるしかないグミの傍らにいたレンは、キヨテルの「噂」という言葉にひっかかりを覚えていた。

(噂ということは、こいつのことがあそこ・・・でも話題にあがっているということなのか?)

そんなレンの思いを読み取ったのかキヨテルはレンに向かって、口角をわずかに上げるだけの微笑を見せる。

「グミちゃん。今度一緒にお茶を飲みながらゆっくり…、ぶふっ!」

キヨテルが言い終わる前に、ぱーんと気持ちのいい音たてて頭をはたいて再度行動不能にしてから、

「新入り。お前、先戻ってろ」

「へ?」

「午後からの稽古はなしにするから、任務の時間になるまで適当に時間つぶしとけ。あと自主練も禁止。いいな?」

一方的に言ってから、手振りでさっさと行くように指示すると、訝しみつつもグミは素直に従って階段を下りていった。
グミの足音が聞こえなくなるまで待って、レンはキヨテルに向き直り「で?用件は何ですか?」とうんざりした声で問うた。

「あー、そうそう。レンくんもわかってると思うけど、そろそろアレの時期だから、いつ予定空いてるか訊きに来たんだ」

はたかれた部分をさすりながらキヨテルがそう答えると、レンはやっぱりか、と小さく溜め息を吐いた。
キヨテルが本部にくる時、大抵はそれを伝えに来る時だったし、そろそろだという自覚もあったので。

「今日任務入りましたんで、明日はオフです。昼ぐらいにそちらに伺うってことでいいですか?」

「わかった。昼頃ね。それとさ…」

不意にキヨテルが声を潜ませたので怪訝に思ってると、辺りを見渡して誰もいないことをキヨテルは確認すると、

「任務ってさっきの娘も参加するのかい?」

「そうですが?」

「じゃあ、グミちゃんにとっては初任務ってことだ。丁度いいから明日、グミちゃんの成果を聞かせてくれないかな?」

それを聞いてレンは即座に表情を険しくさせた。
いかにも無害そうな顔で「どうしたの?」と尋ねるキヨテルをきっと睨みつける。

「……あいつをあれ・・の候補にあげるつもりですか?」

「う〜ん、まあ、一応マークしとこかなあ、って思って」

今期生の首席なんでしょ?と平然とした口調で言うキヨテルにレンは強い口調ではっきりと答えた。

「あいつには無理ですよ」

「そうかな?資質はあると思うけど。それに無理って勝手に決めつけてしまうのは、グミちゃんにも悪いと思うよ?」

「資質があろうがなかろうが関係ありません。あいつには絶対、あんなことさせませんから」

若干語調を荒げて強く反対すると、キヨテルは目をぱちくりとさせた後、急に吹き出して可笑しそうに笑い始めた。
それを決して穏やかでない表情でレンが眺めていると、「いやー、ごめんごめん」と言ってから何とか笑いを収めると天井を仰いで、はあー、と息を吐いた。

「まさか、レンくんの口からそれを聞く事になるとはねー。他人にあんまり興味持ってなさそうだし、これについては賛成派だと思ってたから。もしかして、グミちゃんのことが大好きになっちゃったのかな?」

「何、馬鹿言ってるんですか。違いますよ」

相手の馬鹿げた推測をあっさり否定し、視線を少しずらして「ただ…」と付け足した。

「ただ、あいつには俺みたいな人間になって欲しくないんです」

「ふ〜ん?やっぱり指導者になると、色々考えが変わってくるのかな?まあ、レンくんが反対した所でそれはあんまり意味はないと思うけど?それを決めるのはレンくんじゃない。キミが一番わかってることでしょ?」

忌々しく思えてしかたがない微笑みを浮かべるキヨテルに、レンは何も言い返すことができなかった。
そんな自分が歯痒く思えて、レンはただ顔を俯けて拳を強く握り締める。

「ま、そのことは気が向いたらってこといいから。それより、明日絶対来てね。待ってるから」

さっきの表情から一転、目を輝かせて言うキヨテルに「……なんでそんなに嬉しそうなんですか」とはーっと脱力する。

「えー?だって明日レンくんに会えるんだよ?そう思うとさー…」

「そうですか。そんなに一回死んでみたいんですね。なら率先してご協力してあげますよ」

「いや、別にいいよ!っていうか目が完全に本気だよね!?それ!」

刀を鞘から抜きながらじりっと詰め寄ってやると、キヨテルが冷や汗を浮かべながらじりじりっと退きながら、「じゃあ、また明日ね!」と脱兎の如く走り去って行った。
その去っていく背中見ながら、ふん、と踵を返し、階段に足を向ける。
階段に下りている最中、さっきキヨテルと話していた事が脳裏から離れなかった。
自分でも何であんなにでむきになっていたのか、正直わからない。
こんな事は初めてではなかったし、他人が自分と同類になろうが、その後そいつがどうなったか聞こうが何も思わなかったのに。
―――それを決めるのはレンくんじゃない。
さっきのキヨテルの言葉が頭の中をかすめる。
そう。決めるのは、俺じゃない。
そんなことはちゃんとわかっている。
それでも、としかしレンは思う。
それでも、あいつには自分とは違う人間になって欲しい。
自分みたく目的のためならば、何でもかんでも捨ててしまうような人間ではなく、あらゆるものを抱えても真っ直ぐ立っていられる、そんな強い人間に。
たとえ、それが自分のわがままでしかなかったとしても……。
日が少し西に傾いてきた昼下がり。
窓から見える青空を眺めながら、レンはそのことを切に願っていた。



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