「んー……」
唸り声を上げながら、グミは体を起こした。「たあーーーー!!」
膝に手をつき荒い息を整えて顔を上げれば、掛け声とともに一人の隊員がレンに向かって木刀を振り上げている所だった。「一本」
「……参りました」
隊員の口から降参の言葉が出ると、周りから「すごい」「はえー…」と感嘆の声があがる。「すみません!寝過ごしてしまいました!!」
頭を下げながら素直に理由を述べると、呆れた様なため息が上から降ってきて、胸にぐさりと何かが刺さったような痛みが走る。「どうせ何も食べてきてないだろ。そのままだと昼まで持たないぞ」
「あ、ありがとうございます」
正直いって若干の空腹感を感じていたので、ありがたく受け取った。「へえ、自分の後輩には親切なのねー。レン・アシュフォード君は」
明らかに含みのある言い方に顔を向けると、金髪のサイドテールの女性が腕を組んで、じとりとレンを睨んでいた。「別に…。稽古の途中で倒れられたら困るから、やっただけだ」
「ふ〜ん?そうなんだ〜?」
全然納得してなさそうな顔でネルはレンをじっと見やってたが、「ま、いいけど」とわりとさらっと引き下がった。「それよりさ、あんたの後輩まだ朝食中みたいだし、恒例の一本勝負やらない?」
「恒例にした覚えは全く無いけどな」
「何よ、文句あるわけ?」
「大ありだ」
「あ、あの、私すぐに食べ終えますんで…」
睨み合う二人の間に割って入ったが、ネルががっとこちらの肩を掴み、場違いなくらいにっこりと笑って、「いいから、ゆっくり食べなさい」
「……はい」
相手の気迫に気圧され素直にグミは頷いた。「っていうか、お前も指導員だろ。後輩の指導ほっぽりだして良いのか?」
「あら、別に問題ないわよ。良いわよね?テト」
「先輩、言われるまで私の存在忘れてたでしょ……」
後ろで待機していたテトが半眼になってネルを見ていたが、やれやれといった感じで溜め息をついて「好きにしてください、もう」と投げやりに承諾した。「すごいね、あの二人……」
いつの間にか隣に来ていたテトが、感心しきった声で呟く。「それより、テト良かったの?」
「何が?」
「いや、ハーパー先輩のこと止めなかったし」
「……あの人は私が止めても、聞かないよ…。あれはそういう目だった…」
はは、とひきつった笑みを浮かべるテトに、思わず同情の目を向けてしまう。「もらったあ!」
その声と共にレンの首めがけて、ネルの木刀が薙がれた。「誰がもらったって?」
背後からネルの首筋に木刀を向けながら、呆れたようにレンは言った。「今の見えた…?」
テトの問いにグミは小さくかぶりを振って、そのまま呆然としていた。「あんた…、わざとね……」
「今頃気付いたのか?」
剣呑な声で呟くネルに、木刀を下ろしながらレンは平然とした口調で返した。「どうりで防御ばっかりしてくるわけだわ!あんた、本気出しなさいよ!!」
「本気でやったら、すぐ終わるだろ。そうなったら、手加減しろ、とか言うくせに」
「は!?誰がっ!!」
「後、気付いているだろうが、これ実戦だったらお前とっくに出血多量で動けなくなってるからな」
そう言われると、返す言葉がみつからなかったのか、ぐっとネルは黙り込む。「納得いかないわ!もう一回よ!!」
「お前、さっき自分で一本勝負って」
「いいから、やるわよ!」
異論は認めないと言わんばかりにレンの言葉を遮ったネルだったが、レンもレンでこれ以上付き合う気は毛頭なかったらしく。「新入り。食べ終わったか?」
「え、はい」
空になった袋を振りながらグミが答えると、レンは既に構えに入っていたネルに向かって「だそうだ」と肩をすくめた。「俺はこれからこいつの指導始めるから。不完全燃焼だって言うんだったら他を当たってくれ。じゃ」
「ちょっ、待ちなさいよ!勝ち逃げする気!?」
「行くぞ、新入り」
ネルの制止の声を完全に無視しているレンに促されるまま、グミは小走りで後を追いかけた。「あの…、良いんですか?あれ」
見かねて訊いてみたが、顔をこちらに向けること無く、「ほっとけ。その内収まる。いつものことだ」
平然とした口調で言ったレンの言葉に「はあ…」と返して、もう一度後ろに視線を移す。「始めるぞ。新入り」
「は、はい」
呼ばれて視線を戻すと、レンが木刀でとんとんと肩を軽く叩いて待っていた。「ルールーはいつもと同じだ。一歩でいいから、俺をここから動かせてみろ。いいな」
「はい!」
「じゃ、はじめ」
レンがそう言うと、すぐに床を蹴って間合いを狭めて木刀を振り下ろして一閃。「つ・か・れ・た〜……」
ふらふらした足取りで食堂の椅子に座り込むと、そのまま上半身をテーブルに預けて、うつ伏せに倒れこんだ。「ありがとう、テト…」
「どういたしまして。今日もお疲れだねー」
正面の席に座りながら笑うテトに、苦笑いだけの返事する。「で、今日はどうだったの?」
「同じく完敗……」
サラダにスプーンを意味無くグリグリ押し込みながら、かくっとうなだれる。「もしかしてアシュフォード先輩、いつも、ああいうお菓子持ってたりするのかな…?」
「そんなわけないでしょ」
脳裏に浮かんだ疑問に思いがけず返事が返ってきたので、「えっ?」とうわずった声で顔を上げると、すぐ傍でネルがこちらを見下ろしていた。「確かにあいつ、ああ見えて甘党だけどさ、いくら何でもあんなのいつも携帯してるほどお子ちゃまじゃないわよ」
「え、何で、そのこと…?」
「何でって…。さっき自分で言ってたじゃない」
「ね?」とネルが同意を求めるようにテトを見るとすんなり頷かれて、羞恥で思わず頭を抱える。「じゃ、じゃあ、何であの時持ってたんですか?」
今度から気をつけよう、と胸中できつく決意しながら訊くと、「それは、今朝あんたをここで見かけなかったからでしょ」
さらっといわれて一瞬納得しそうになってから、「へっ!?」と目を剥いて素っ頓狂な声を出した。「多分、寝過ごしたんだろうって思ったんでしょうね。トレーニングルーム行く前に、1階の売店であれ買ってるの見かけたし」
「でも、何で…?」
「それがレン・アシュフォードって奴なのよ」
そう言ってから、テーブルに片手を置いて、「いい?あいつはいっつも周りの人間のこと気にしてない風だけど、実はちゃんと周りを見てるの。まあ、思ったことそのまま言っちゃうくせに言葉が足りないからさ、冷たい奴だって思われがちだけどちゃんと周囲に気を配ってる。レン・アシュフォードって奴はそういう男なの。わかった?」
「先輩、よく知ってますねー…」
「あいつとは腐れ縁みたいなもんだからね。嫌でもわかるのよ」
テーブルから手を離すと、ネルはぷいと拗ねたように顔を横に背けた。「それにしても、遅いわね…」
ぽつりと呟いたネルに、テトがにやっと悪戯っぽく笑った。「そうですねー。早く来てくれないと、先輩お昼食べれませんもんねー」
「べ、別に、レンが来るの待ってるわけじゃないわよっ」
「あれー?私、アシュフォード先輩が、なんて一言も言ってませんけど?」
白々しく不思議そうにテトが答えると、そこでネルは墓穴を掘ったことに気付いたのか、みるみる顔が赤く染まっていく。「余計な事を言うのは、この口か!この口か!!この口かあーー!!!」
「ふあー、ほうほふふぁんふぁーい!!(わあー、暴力反対!!)」
「はあー?何言ってるかさっぱりわかりませんねー!?」
そう言いながら、ネルは掴んだ頬を横に引っ張ったり、縦に引っ張りたりとし始め、テトはまた抗議の声をあげた。「あ、アシュフォード先輩」
そう漏らすと、即座にテトの頬からネルの手が離れた。「じゃあ、私もう行くわね」
片手を軽く挙げて、足早にカウンターの方に歩いていった。「あんまりからかっちゃ駄目だよ?テト」
「いや、だってさー。存在忘れられたり、宥めに入ったら逆ギレされたりしたら何か反撃したくなるじゃん?」
「まだ、根に持ってたんだ…。それ」
若干呆れながらカフェオレを一口飲んで、ちょっとぐちゃぐちゃになったサラダをフォークで突き刺して口に運んだ。