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「テトー。朝だよー。起きて」
呼びかけるが、うーん、と唸っただけで全く起きる気配がしない。「何やってんの?」
背後から突如声をかけられ、ぴゃあと飛び上がり振り替えると、眠そうな目でこちらを見ているテトと目が合った。「テ、テト…。いつから見てたの?」
「えっとね、鏡に映った自分の姿を、満足そうにじっと見つめてた辺りくらいからかな?」
一番恥ずかしい所から見られたことを知り、グミはかーっと顔が赤くなっていくのを感じた。「気持ちはわからなくは無いけど……、いくら何でも浮かれすぎじゃない?」
欠伸交じりに呆れたように言われ、ますます羞恥心に拍車がかかるのを感じつつ、「そ、そんなことより!」と無理矢理話を捻じ曲げた。「テトも早く着替えないと、初日から遅れちゃうよ!」
「わかった、わかった。着替えるから、ちょっと待ってて」
眠そうに目をこすりながら、もぞもぞと着替え始めるテトを下段のベットに腰掛けて待ちながら、こういうやりとりも今日で最後なんだな、とちょっと感傷的になる。「グミー。着替え、終わったよ~」
「あ、うん」
テトの言葉に現実に引き戻され、グミはベットから腰を上げた。「どーよ?」
とポーズを決めるテトに、つい笑い出してしまう。「寝ちゃ駄目だよ、テト」
「う~ん、努力する……」
そこは努力するところなんですか、テトさん。(大丈夫、多分。大丈夫な、はず…。大丈夫……よね?)
胸中で何とか奮起の言葉を言いきかせてみるが、次第に怪しくなっていき、むしろ逆効果になっていく。「なに落ち込んでんの?」
「落ち込んでない…。不安になってきただけ」
「大問題じゃん、それ。それより、どっかのお偉いさんの話、やっと終わったよ」
テトの結構失礼な言葉にグミは俯けていた顔をあげ、壇上を見上げた。「宣戦宣言」
その言葉の後、青い髪の司令官が壇上に中央に進み出て、一度礼をしてから、毅然とした澄んだ声を講堂のドーム状の天井に響かせる。「この国に反し、害をもたらす悪に制裁を。そして、正義の為に戦う我々に大神ロシュアの加護があらんことを」
「一同、敬礼!」
一斉に敬礼をした後、司令官が壇上から降りると入隊式終了となり、周りの空気が一気に緩む。「ねえ、あの人がレン・アシュフォードかな?」
「わあ、写真と全然ちがう」
「当たり前でしょ。あれ、6年前の写真だよ。それにしても、想像以上にかっこいいね」
「かっこいいっていうより、顔が綺麗だよね」
「あ、わかる、それ」
「一緒に話してる人、もしかして恋人かな」
きゃいきゃい勝手に言い合っている彼女達の話を聞いて、グミは内心呆れつつ、その場を離れる。(そういえば、あの眼帯、いつからつけてるんだろう?)
何となくそんな疑問が浮かび上がり、じっと考え込んでみる。(そもそも何でつける事になったんだろう?やっぱり任務でかな?)
そういう事をぐるぐる考えていたが、こればっかりは本人しかわからない事なので、考えるのはやめた。「あー、お腹すいた~」
周囲のことなど全く気にした風も無いような声量で言うテトに、「ちょっと」とグミは小声で戒める。「どったの?グミ」
「そういう事、あんまり大きな声で言わないでよ…」
「えー、別に良いじゃん。誰かの悪口言ったわけじゃないんだしー」
「でも、恥ずかしいよ」
「え?私は別に恥ずかしくないけど?」
「そういうことじゃなくて!」
一緒にいるこっちが恥ずかしいんだ、と言おうとした時、前方を歩いていた人に思いっきり激突してしまい、「ぷっ!」
「きゃっ!?」
反動で後方に2、3歩よろけながら「すいません!余所見をしてて……」と顔を上げたとき、思わず声を失った。「ああ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから」
そう言った浮かべた微笑は柔らかく、短い髪と同じ色をしたブラウンの瞳のきりりとした目つきが凛々しさをかもしだしている。「あの、どうかしたの?」
「あ、いえ、すいません!何と言うかその……」
「綺麗な人だなー、って思ったんだよねー」
言葉を詰まらせたグミの心の代弁をテトがからかうような口調でしたので、グミは慌てて「ちょっと、テト!」と抗議の目を向けた。「そういえば、あまり見かけない顔だけど、もしかして新入隊員かしら?」
「はい!えっと、私は」
「グミ・マシャール。そして隣の彼女は友人のテト・エイトン」
背後から聞こえた声に思わず「え!?」とテトと一緒に声をあげて振り返ると、白い肌に淡いピンクの長い髪をした女性が立っていた。い、いつの間に…。「年は16歳で今期生の学年首席。これといった問題も起こしたこともなく、養成学校の教官らからは好印象をもたれていた。テトのほうは18歳で、実技試験の成績の良さから特別待遇で特待生に任命された。2人は訓練生の頃からのルームメイトで交友関係は深い。志願した部隊はどちらも殲滅部隊」
「え、あの、ちょっと!」
すらすら暴露される個人情報をそこまで聞いて、ようやく我に返り制止の言葉をかける。「ルカ…。あなたいつからそこにいたの?」
「そうねえ…。メイコがこの子達に綺麗と言われて愛想笑いをしたあたりからかしら?」
「ちょっと、誤解を生む言い方しないでよ。愛想笑いなんてしてないわよ」
「あら、てっきりそうだ思ったんだけど…。よく言われるものね、綺麗って」
「……何かすごく皮肉っぽく聞こえるんだけど」
完全に会話に置いてけぼり状態になって、両者を見比べることしかできず困惑していると、メイコと呼ばれた女性はそれに気付いたのか、「ああ、ごめんなさいね」と苦笑してから片手で示して、「彼女はルカ・メトロイド。諜報部隊のリーダーよ。気を抜くとさっきみたいに背後に立たれるから、気を付けてね」
「は、はあ。でも、どうして私達のことを?」
「それはね。私が諜報部隊員だからよ」
いまいち質問の答えになってない返事をしながら、ルカはにっこりと笑った。「ちなみにそちらの彼女の名前は、メイコ・ロックベーヌ。殲滅部隊員でカイト司令官と幼馴染でお互い強い信頼関係を築いている。しかし、メイコ自身はその関係を」
「あー!!何、必要ないことまで公表しようとしているのよ!!」
「ああ、これは言っちゃいけないことだったわね。すっかり忘れてたわ」
涼しい顔で白々しく答えるルカを、「あんたねえ…」と若干顔を赤くさせてメイコは睨みつける。「何で逸らすのさ?」
「だ、だって、急だったし、びっくりして……」
自然と声をひそめて言い合っていると、メイコが「どうかしたの?」と顔を覗きこんできた。「あら、レンじゃない」
ルカのその声に微妙に反応してしまい、そのまま顔を俯かせた。「グミは昔からアシュフォードさんに憧れてて、ご本人に戦闘指導してもらうことになったんですけど…。アシュフォードさんを前にすると緊張しちゃって、こうなっちゃうんです」
「ああ、なるほどねー…」
メイコはそう言って少しの間何か考えこむと、突如、片手を振りながら「おーい、レン!」と呼びかけてレンの注意をこちらに向けた。「ちょ、ちょっとメイコさん!?」
メイコの思いがけない行動にうろたえるグミをよそに、こちらに向かってくるレンと話を続ける。「これから食堂行くとこ?」
「そんなとこ…だ……?」
その時、グミがいることに気づいたらしく、ばっちり目が合ってしまい、「私も食堂に行こうとしてたんだけど、その時この娘達にばったり会ったのよ。ね?グミ」
「へっ?」
いきなり話をふられ、裏返った声をあげて戸惑っていると、テトが「グミ、ゴーゴー」と囁きながら、グミの背中をグイグイと押し始めた。「テト!?何で!?」
「チャンス到来じゃん。今のうちに名誉挽回だよ」
「頑張んなさい、グミ」
「ちょっ、メイコさんまで!?」
必死に踏ん張って抵抗しつつルカに視線だけで助けを求めたが、完全に傍観を決め込まれ、抵抗虚しく押し出されしまい、再びレンと顔を合わす羽目になった。「あ、あの…!」
うわずった声でそこまで言ったが、続けて言う言葉が見つからず絶句する。(だめだ…。もう、絶対変な娘だと思われた……)
当たって砕けろ、というより当たる前に粉々に粉砕してしまった状況に絶望して、いたたまれなくなりそのまま顔を俯ける。「肩の力を抜け。別に取って食うわけじゃない」
透き通るような青い瞳で真っ直ぐこちらの目を見据え、静かなけれど芯が通った声でレンは言った。「ようやく、ちゃんと目を合わせたな」
「え…?あ……、すみません」
「謝らなくていい」
レンは先ほど変わらないトーンで言うと、肩から手を外し、その脇を抜けた。「明日、朝食終えたらトレーニングルームに来い。稽古つけてやる」
「は、はい!」
「いい返事だ」
そういい残すと、踵を返して廊下の向こうへと歩いていった。「で、でも、変な人だと思われたかもしれないし……」
「うーん、それは否めないわね」
「そうね」
あっさり肯定されて胸にざくざくと棘のようなものが突き刺さり、わりと傷ついて落ち込んでいると、「でも」とルカはレンが歩いていった方に目を向ける。「レンの場合、悪い風に思ったり関わろうと思わない人間には、自分から話しかけようとしないわ。もしそうなら、さっきみたいに混乱してる相手を落ち着かせようとは絶対にしないし、そのまま無視してここから去っていったはずよ」
「レンは嫌いな相手の存在を完全に抹消させるからねー…。話しかけられても当然無視だし、『そんな奴いたか?』って本人の前でも平然と言っちゃうし…」
メイコは溜め息まじりに言うと、まったくといった感じに額に手を当てた。「よいしょっと…。こんなもんかな」
手についた埃をパンパンと払いながら、独りごちる。「ようやく、ここまで来たよ」
小さく呟くように、写真の向こうの両親に報告した。「応援しててね。父さん、母さん」
そう言って笑って見せると、写真立てを元の位置に戻した。