「そんな風にしてたら、書類汚れるわよ」
頭上から聞き慣れた声が聞こえたので顔を上げると、ネルがテーブルの向かい側に呆れたような顔で立っていた。「心配しなくても、そんな雑な食べ方してないから大丈夫だ。お前じゃあるまいし」
「な、何よ!それじゃ、まるで私がいつも雑な食べ方してるみたいじゃない!」
「雑だろ、お前は。食べ方だけじゃなく、全てにおいて」
いつものように相手の言い分をばっさり斬り捨てると、ネルは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向きながら(子供か、こいつは)、パンに一口かぶりついた。「それ、あんたの担当の子のやつ?」
いつの間に機嫌を直したのか、正面に向き直ってネルがレンの手元にある書類を指差しながら訊いてきた。「ん?ああ」
と一瞬流しそうになってから、はたと思い当たってじとりとネルの顔を見やる。「何よ?」
「何でお前が知ってる?この事」
「司令官から聞いた。快く引き受けてくれたって言ってたわよ」
完全に捻じ曲がった風に伝えられてることに、レンはまたも頭痛を覚えた。「どういう風の吹き回し?あんたが指導員の話を快く引き受けるなんて〜」
「それは明らかに捏造だ。強制的にやらされるはめになったんだよ。じゃなきゃ、こんなの引き受けない」
レンが渋い顔で答えると、ネルはまだ顔をにやつかせながら「ふ〜ん?」と納得したような、してないような微妙な相槌を打つ。「そういえば、知ってる?今年、特待生6人いるんだって」
教官のグミに対する評価を斜め読みしていると、ネルがふと思い出したように切り出し、その言葉に視線を上げる。「6人目の子、筆記試験は平均より下の点数だったらしかったんだけど、実技試験がずば抜けて成績良かったらしくてさ。特に個人実技では今期の最高点数で、試験官達が即戦力になるかもしれないからって、特別にその子に特待生待遇を与えることになったんだって」
それを聞いて、ようやく合点がいった。「何でそんなこと知ってる?」
「その6人目の子、私の担当の子なの」
ネルはうんざりしたような顔をしながら、「いや、別に悪い子じゃなかったし、不満ってわけじゃないんだけどさ」といかにも不満そうにぶつくさ言っているのを見ながら、まあ、そうだろうな、とレンは納得していた。「まあ、お前に任せるならそういう奴の方がいいだろ」
「でもさー、いっつもこういう子ばっかりで、何か私が戦うしか能がない人間みたいじゃない。たまには首席の子とか任されたい、って思うのよねー」
「お前だって、実技試験で特待生になったようなもんだろ」
「失礼ね!言っておくけど、私は筆記試験でも一応合格点超えてましたあ!」
「1点だけな」
指差ししてそう指摘すると、流石に言い返す言葉がなかったのかネルはぐっと言葉を詰まらせた。「それにしても、今年、お前に担当される隊員もとんだ災難だな」
「どういう意味よ、それ!」
「去年、担当の隊員を半年間ずっと使い走りにしてた奴は、どこのどいつだ?」
「あ、あれは!!ペナルティーよ!」
「ペナルティー?何の?」
レンが訊き返すと、ネルは明らかにしまったという顔をして、視線を泳がせる。「去年の奴は、その…、私の前で言っちゃいけない事言ったのよ。だから、いつもやってるわけじゃないの!去年だけ特別だったの!」
「何だ、その言っちゃいけない事って」
「それは……。あんたが知らなくていいことよ!全く知る必要がないこと!!」
大して興味も無かったので「あ、そう」とだけ言って流しておいた。「何だ?」
「べっつにー?あんたが担当する子どういう子かなって思っただけ」
「……これ一応個人情報なんだがな」
じとりと見やりながら言うと、「わかってるわよ」と悪びれた風もなくネルはフォークに突き刺したトマトを口の中に入れる。「で、どういう子なの?」
身をのりだして尋ねてくる、ネルの興味ありまくりの目を見て、多分無視しても無駄だろうな、とレンは早々に諦めた。「お前が希望してた、今期生の首席だそうだ」
「うわあ、何かすごく納得できるわね、それ。うらやましー」
「全然羨ましがってないだろ、お前」
半眼で睨んで言うとネルはそれには答えず、レンが手に取っていた書類の束をひったくるように抜き取り、「ちょっと見せて」
「あ、おい」
さっき個人情報だって言ったのを聞いてなかったんじゃないか、と疑いたくなるくらい当然の権限のようにそれに目を通し始めるネルに、レンはもう何も言う気もしなくなった。(何かまずいようなこと書いてあったか…?)
そう思って内容を一つ一つ思い出してみたが、まずいどころか良好的なことしか書いてなかったと記憶しており、首を傾げていると、ネルは突然立ち上がって、「ちょっ、これ何よ!16歳ってあんたと同い歳じゃない!しかも相手女じゃん!!」
「……?お前だって去年の奴、同じ歳の男だっただろ?」
「いや、そういうことじゃなくて!あんた、わかってる!?同じ歳の女の子に、あんたが手取り足取り色々教えることになんのよ!?」
「手取り足取りって…。微妙に如何わしそうな言葉使うな。それから少し落ち着け」
ネルが急に訳のわからないことを喚きだしたので、周囲の視線がこっちに突き刺さってきているのが感じ取れる。「それに何かちょっと可愛い感じじゃない!どういうことよ!?」
「どいうことって訊かれても…。っていうか、それ関係ないだろ」
「それとここの欄!思いっきり、あんたの名前書かれてんじゃない!」
ネルが指している「尊敬する人物」という所を見てみると、確かに自分の名前が明記されている。「別にそれも問題じゃないだろ。特に思いつかなかったから、知ってる隊員の名前書いただけかもしれないし」
「あんたに問題なくても、私には大いにあんのよ!」
「は?何で?お前、別に俺の何でもないだろ?」
そう言うと、ネルの顔からすーっと表情が消えたかと思うと、テーブルに思いっきり両の拳を叩きつけた。「こぉんのぉぉ」
低いトーンで唸るように言って、ドス黒いオーラをかもし出し、ぬらりといった感じで立ち上がる。「バカ!鈍感!天然女たらし!あんたなんか女に騙されて、転落人生歩んで、その辺でのたれ死んでしまえ!!」
結構酷い罵声を一方的に吐き捨てて、食堂の扉を乱暴に閉めて出て行った。「グーミー!」
「ひゃあ!」
突然後ろから飛びつかれて、奇声が口から盛大に漏れ出た。「テト!びっくりさせないでよ……」
「あはは、ごめんごめん。グミがいつになくぼんやりしてるから、つい」
赤い髪を両側で縦ロールにしてまとめ、舌を出して悪戯っぽく笑う彼女に、腰に両手を当てて「もう!」と頬を膨らませたが、すぐにお互いに笑い出して並んで歩く。「グミ!テト!」
同期生で親しくしている子達が手招きしているのが見え、確保されていた空席に座らせてもらうと、「ねえねえ」と弾んだ声で早速尋ねられる。「グミとテト、今日指導員の人と顔合わせだったんでしょ?」
「え、うん。まあ」
「で、どんな人だった?かっこいい人だった?」
「かっこいい人」と言う言葉で、グミはついさっき会ったばかりの彼の顔を浮かべてしまい、顔が一気に赤くなるのを感じた。「1つ上の歳の女の人だったよ。少し話したけど、すごく元気そうな人で話やすい人だった」
にこやかに話すテトに、周りは納得したような、そして少し落胆したような反応をする。「グミは?男の人だった?」
「え?えーと」
いきなり話をふられ、若干うろたえつつ、「う、うん。男の人だった」
「えー!どんな人!?」
興味津々に身を乗り出してくる一同に、どう答えたものかと思う。「レン・アシュフォードさん…、だった……」
自然と声が小さくなった上に、後半が途切れ途切れになったが、周囲にはちゃんと聞こえたようで。「ええーーーーーーーー!?」
食堂の天井に彼女達の声が反射し、わんと鳴った。「ほ、ほんとにあの?あの、レン・アシュフォード?」
「う、うん」
「うそー!信じられない!」
「すごいじゃん、グミ!っていうか羨ましすぎ!」
興奮気味にきゃいきゃい言い合う彼女達に、グミは若干辟易しながらえへへ、と笑って返す。「ずっと会いたかったんでしょ?アシュフォードさんと」
「うん。でも……」
「でも?」
「顔合わせの時、緊張しすぎて顔まともに見れなかったんだよね…」
「えー!勿体無い!折角話すチャンスだったのに〜」
あはは、とグミは乾いた声で苦笑いし、胸中で溜め息をこぼす。(変な人間だと思われてたら、どうしよう…)
ふとそんな不安がよぎり、少し気分が落ち込む。