丁度、陽が空の真上に上った頃。
レンは食堂で昼食を摂りながら、渡された書類を捲っていた。
結局あの後、カイトが中心になって今後の予定などを説明され、レンにはグミに関する書類を手渡された。
グミはというと、終始緊張(?)しっぱなしで、最後に部屋を出る前に一礼した時以外は、こっちに目も合わせようとしなかった。
特に変な事を言ったわけでも、ましてや、したわけでもないので、彼女の態度は全くもって腑に落ちない。
恐らく、彼女とは初対面のはず、だが。
その時、ふと履歴書のとある項目に目が留まった。
そこには彼女の出身地が明記されていたが、その名前に何となく引っかかりを覚える。
暫く首を傾げていると、頭の中で閃いたものがあり、「あ」と小さく漏らした時、

「そんな風にしてたら、書類汚れるわよ」

頭上から聞き慣れた声が聞こえたので顔を上げると、ネルがテーブルの向かい側に呆れたような顔で立っていた。
正面の席に座る同僚を見やりながら(こいつは何故かいつも正面の席に座ってくる)、

「心配しなくても、そんな雑な食べ方してないから大丈夫だ。お前じゃあるまいし」

「な、何よ!それじゃ、まるで私がいつも雑な食べ方してるみたいじゃない!」

「雑だろ、お前は。食べ方だけじゃなく、全てにおいて」

いつものように相手の言い分をばっさり斬り捨てると、ネルは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向きながら(子供か、こいつは)、パンに一口かぶりついた。
ちぎってから食べろよ、と胸中で突っ込みながら、再び書類に目を落として捲る。
次に出てきたのは訓練生の頃からのグミの成績表だった。
レッド・ウィングに入隊するには養成学校に入学してから、まず3年間訓練生として基本知識と戦術を学ぶ。
その3年間を修了すると試験が行われ、それの合格者は候補生として更に2年間、希望する部隊での実践的な戦術や能力、知識を身に付ける訓練を受ける。
そして、それを終えると、いよいよ入隊試験というわけだ。
つまりレッド・ウィングに入隊するには最低でも5年かかるわけだが、その5年で入隊できる者は毎年数えるくらいしかいない。
それに比べて、グミは見たところ1度も試験に落ちず、そのいずれもトップの成績だった。
唯一、入隊試験での個人実技は2番手だが、それでも申し分のない点数だ。
流石、今期生の首席なだけはある。

「それ、あんたの担当の子のやつ?」

いつの間に機嫌を直したのか、正面に向き直ってネルがレンの手元にある書類を指差しながら訊いてきた。

「ん?ああ」

と一瞬流しそうになってから、はたと思い当たってじとりとネルの顔を見やる。

「何よ?」

「何でお前が知ってる?この事」

「司令官から聞いた。快く引き受けてくれたって言ってたわよ」

完全に捻じ曲がった風に伝えられてることに、レンはまたも頭痛を覚えた。
何しれっと話を捏造してるんだ、あの人は。
よりにもよってネルに軽々と言いふらした事は百歩譲って許すとしても、せめて真実をちゃんと伝えて欲しい。
やっぱりさっき思い留まらず、思いっきり殴っとけば良かったと、結構本気でレンは後悔した。
ネルはニヤニヤ笑いながら、スプーンを指先でいじりつつ、

「どういう風の吹き回し?あんたが指導員の話を快く引き受けるなんて〜」

「それは明らかに捏造だ。強制的にやらされるはめになったんだよ。じゃなきゃ、こんなの引き受けない」

レンが渋い顔で答えると、ネルはまだ顔をにやつかせながら「ふ〜ん?」と納得したような、してないような微妙な相槌を打つ。
完全にこいつわかってて、楽しんでる。
その証拠にさっきから「快く」って言葉をやたら強調してくるし。
さっきの仕返しつもりか。
これ以上言い返してもますます面白がらせるだけだとレンは判断し、手元の書類に視線を戻してぺらりと捲った。

「そういえば、知ってる?今年、特待生6人いるんだって」

教官のグミに対する評価を斜め読みしていると、ネルがふと思い出したように切り出し、その言葉に視線を上げる。
ネルはコーヒーを一口すすって、「なんかねー」とカップをトレイに置いて続けた。

「6人目の子、筆記試験は平均より下の点数だったらしかったんだけど、実技試験がずば抜けて成績良かったらしくてさ。特に個人実技では今期の最高点数で、試験官達が即戦力になるかもしれないからって、特別にその子に特待生待遇を与えることになったんだって」

それを聞いて、ようやく合点がいった。
それでグミは個人実技だけが2番手だったのか。
点数からして苦手というわけではないようだったので、いまいち釈然としていなかったのだが…、なるほどな。

「何でそんなこと知ってる?」

「その6人目の子、私の担当の子なの」

ネルはうんざりしたような顔をしながら、「いや、別に悪い子じゃなかったし、不満ってわけじゃないんだけどさ」といかにも不満そうにぶつくさ言っているのを見ながら、まあ、そうだろうな、とレンは納得していた。
こう見えてネルの戦闘能力はかなり高いし、学生の頃からその片鱗をいくつか見せていた。
入隊試験でも実技試験では高得点を獲得していて、将来有望だとか囁かれていたくらいだ。
そういう意味で、実技試験で今期の首席をも超える点数をたたき出した隊員を任せるのは、彼女が一番適任ではある。
レンは少しぬるくなったコーヒーを一口飲んで、ネルの言い分が途切れるの待ってから、

「まあ、お前に任せるならそういう奴の方がいいだろ」

「でもさー、いっつもこういう子ばっかりで、何か私が戦うしか能がない人間みたいじゃない。たまには首席の子とか任されたい、って思うのよねー」

「お前だって、実技試験で特待生になったようなもんだろ」

「失礼ね!言っておくけど、私は筆記試験でも一応合格点超えてましたあ!」

「1点だけな」

指差ししてそう指摘すると、流石に言い返す言葉がなかったのかネルはぐっと言葉を詰まらせた。
悔しそうに睨んでくるがさほど気にせず、さっきの反撃として、もう少し言ってやることにする。

「それにしても、今年、お前に担当される隊員もとんだ災難だな」

「どういう意味よ、それ!」

「去年、担当の隊員を半年間ずっと使い走りにしてた奴は、どこのどいつだ?」

「あ、あれは!!ペナルティーよ!」

「ペナルティー?何の?」

レンが訊き返すと、ネルは明らかにしまったという顔をして、視線を泳がせる。
こいつがこういう風になった時、問い詰めたりすると逆に訳のわからない怒り方をするので放置しておくと、不機嫌そうな顔でぼそぼそと言い訳し始めた。

「去年の奴は、その…、私の前で言っちゃいけない事言ったのよ。だから、いつもやってるわけじゃないの!去年だけ特別だったの!」

「何だ、その言っちゃいけない事って」

「それは……。あんたが知らなくていいことよ!全く知る必要がないこと!!」

大して興味も無かったので「あ、そう」とだけ言って流しておいた。
レンは視線を手元に戻して、要約すれば半分の行数で済みそうな長ったらしい文面を適当に眺める。
ふと視線を感じて少しだけ顔を上げると、ネルがこっちの書類を覗きこんでいるのが視界に入り、わざとそれを向こうから見えないくらい引き寄せると、かなり文句がありげな顔をして、じっとこっちを睨んでくる。

「何だ?」

「べっつにー?あんたが担当する子どういう子かなって思っただけ」

「……これ一応個人情報なんだがな」

じとりと見やりながら言うと、「わかってるわよ」と悪びれた風もなくネルはフォークに突き刺したトマトを口の中に入れる。
わかってるなら、見ないようにするのが常識ではないのか、とレンは胸中で突っ込んだ。
もしかしたら、目の前のこいつには常識っていうのが少しばかり欠落してるのかもしれない。

「で、どういう子なの?」

身をのりだして尋ねてくる、ネルの興味ありまくりの目を見て、多分無視しても無駄だろうな、とレンは早々に諦めた。
彼女がこういう目をしている時は、かなりしつこく訊いてくるということを、長い付き合いの中で身に染みて知っている。

「お前が希望してた、今期生の首席だそうだ」

「うわあ、何かすごく納得できるわね、それ。うらやましー」

「全然羨ましがってないだろ、お前」

半眼で睨んで言うとネルはそれには答えず、レンが手に取っていた書類の束をひったくるように抜き取り、

「ちょっと見せて」

「あ、おい」

さっき個人情報だって言ったのを聞いてなかったんじゃないか、と疑いたくなるくらい当然の権限のようにそれに目を通し始めるネルに、レンはもう何も言う気もしなくなった。
今朝の一件のせいで、完全に気力を削ぎ落とされていたので、取り返す気力すら湧き上がってこない。
もう好きにすればいい、と半ば投げやりになって最後の一口となったパンを口に放りこんで食事を終えると、急にネルの表情が目に見えて険しくなる。

(何かまずいようなこと書いてあったか…?)

そう思って内容を一つ一つ思い出してみたが、まずいどころか良好的なことしか書いてなかったと記憶しており、首を傾げていると、ネルは突然立ち上がって、

「ちょっ、これ何よ!16歳ってあんたと同い歳じゃない!しかも相手女じゃん!!」

「……?お前だって去年の奴、同じ歳の男だっただろ?」

「いや、そういうことじゃなくて!あんた、わかってる!?同じ歳の女の子に、あんたが手取り足取り色々教えることになんのよ!?」

「手取り足取りって…。微妙に如何わしそうな言葉使うな。それから少し落ち着け」

ネルが急に訳のわからないことを喚きだしたので、周囲の視線がこっちに突き刺さってきているのが感じ取れる。
しかし、ネルのほうはそんなこと気にしてないのか、もしくは気付いてないのか同じ声のトーンで更に言い続けた。

「それに何かちょっと可愛い感じじゃない!どういうことよ!?」

「どいうことって訊かれても…。っていうか、それ関係ないだろ」

「それとここの欄!思いっきり、あんたの名前書かれてんじゃない!」

ネルが指している「尊敬する人物」という所を見てみると、確かに自分の名前が明記されている。
だが、それはさっき読んだし、別段気にしてもいなかったので、ネルが何を問題視しているのかさっぱりわからない。
っていうか、さっきからこいつ何でこんなに興奮してるんだ?
とりあえず周りの視線が痛いので、レンは座るように促してから宥めにかかった。

「別にそれも問題じゃないだろ。特に思いつかなかったから、知ってる隊員の名前書いただけかもしれないし」

「あんたに問題なくても、私には大いにあんのよ!」

「は?何で?お前、別に俺の何でもないだろ?」

そう言うと、ネルの顔からすーっと表情が消えたかと思うと、テーブルに思いっきり両の拳を叩きつけた。

「こぉんのぉぉ」

低いトーンで唸るように言って、ドス黒いオーラをかもし出し、ぬらりといった感じで立ち上がる。
それから怒りの炎を燃えたぎらせた目で、きっとレンを睨みつけて、

「バカ!鈍感!天然女たらし!あんたなんか女に騙されて、転落人生歩んで、その辺でのたれ死んでしまえ!!」

結構酷い罵声を一方的に吐き捨てて、食堂の扉を乱暴に閉めて出て行った。
ちらちらと送られてくる視線と、何か囁きあってる声を感じながら、レンはどっと疲労感が湧いて出てくるの感じた。
急に司令官に呼び出されたかと思ったら、やりたくもない仕事を押し付けられるわ、新人の隊員に意味のわからない態度をとられるわ、腐れ縁の同僚に訳のわからないキレ方をされるわ、今日はとことんついてない。
別に哀れんで欲しいわけではないが、誰かに同情くらいはしてほしい気分になってきた。
レンは本日何度目かのため息を吐いて、とりあえずこの場から退散すべく手早くトレイを片付けて、歩調を少し速めて自室に戻った。





寮の食堂に向かう足取りがいつもより軽く感じる。
グミはまだ胸が高鳴っているのを感じながら、信じられない気持ちでいっぱいになっていた。
自分が首席で合格したと知った時も相当信じられなかったが、今はその比ではない。
だって自分の指導員がまさか、あのレン・アシュフォードだなんて。

「グーミー!」

「ひゃあ!」

突然後ろから飛びつかれて、奇声が口から盛大に漏れ出た。
さっきとは違う意味で動悸が速くなった胸を押さえながら振り返り、深く息を吐き出した。

「テト!びっくりさせないでよ……」

「あはは、ごめんごめん。グミがいつになくぼんやりしてるから、つい」

赤い髪を両側で縦ロールにしてまとめ、舌を出して悪戯っぽく笑う彼女に、腰に両手を当てて「もう!」と頬を膨らませたが、すぐにお互いに笑い出して並んで歩く。
テトとは入学当初からのルームメイトだ。
自分よりも2つ上の歳というのもあって、最初はちょっと身構えていたが、飾り気ない性格の彼女と打ち解けるのはそう時間はかからなかった。
今では自分にとって一番心を許せる、大切な親友である。
食堂に着くと昼食時ということもあり、テーブルの空席は結構埋まっていた。
昼食を受け取ってテトと空席を探してきょろきょろと辺りを見回していると、

「グミ!テト!」

同期生で親しくしている子達が手招きしているのが見え、確保されていた空席に座らせてもらうと、「ねえねえ」と弾んだ声で早速尋ねられる。

「グミとテト、今日指導員の人と顔合わせだったんでしょ?」

「え、うん。まあ」

「で、どんな人だった?かっこいい人だった?」

「かっこいい人」と言う言葉で、グミはついさっき会ったばかりの彼の顔を浮かべてしまい、顔が一気に赤くなるのを感じた。
動揺して、あうあうと上手く言葉を紡げないでいると「私はねー」とテトが話しだしたので、皆の注目がそっちに向けられ、幸いそのことを悟られずに済んで少し安堵する。

「1つ上の歳の女の人だったよ。少し話したけど、すごく元気そうな人で話やすい人だった」

にこやかに話すテトに、周りは納得したような、そして少し落胆したような反応をする。
テトは人懐っこくて、すぐに周りに溶け込めるような人だ。
性格も裏表ないし、彼女を悪く思う人は恐らくいないと思う。
そういう意味で皆は納得したのだと思うが、落胆したのは多分テトの相手が女の人だったから。

「グミは?男の人だった?」

「え?えーと」

いきなり話をふられ、若干うろたえつつ、

「う、うん。男の人だった」

「えー!どんな人!?」

興味津々に身を乗り出してくる一同に、どう答えたものかと思う。
ここはいっそ、曖昧な言い方をしないほうが良いのかもしれない。
そうじゃないと後で「どうして教えてくれなかったの?」と言われるかもしれないし。いや、絶対そうなる。
皆から向けられた視線に、グミは少し居心地が悪い思いをしながら、

「レン・アシュフォードさん…、だった……」

自然と声が小さくなった上に、後半が途切れ途切れになったが、周囲にはちゃんと聞こえたようで。
皆の表情が一斉に硬直し、一瞬しんと静まった。
そして、数秒遅れてから、

「ええーーーーーーーー!?」

食堂の天井に彼女達の声が反射し、わんと鳴った。
何事かと周りの視線が一斉に寄越されるのを感じ取ったのか、こそこそと秘密の話をするように彼女達は顔を寄せてきて、

「ほ、ほんとにあの?あの、レン・アシュフォード?」

「う、うん」

「うそー!信じられない!」

「すごいじゃん、グミ!っていうか羨ましすぎ!」

興奮気味にきゃいきゃい言い合う彼女達に、グミは若干辟易しながらえへへ、と笑って返す。
レン・アシュフォード。その名を知らない人間はこの養成学校にはいない。
彼は史上最年少のわずか10歳という年齢でレッド・ウィングに入隊し、また、入隊試験史上最高成績保持者でもあった。
そしてその成績を超える者は、6年経った今でも未だ現れていない。
更に、彼はこの養成学校で異例の飛び級をし、4年で入隊試験受験資格を手に入れたのである。
そんな輝かしい経歴を持った彼に憧れる訓練生や候補生は多く、グミもまたその内の一人であった。
ただ、グミは皆とはもっと違う理由でレンに憧れていた。
それをあの人が覚えているかはわからないけど……。
隣から軽く小突かれて、そっちを見るとテトが「良かったね」と笑いかけてくる。

「ずっと会いたかったんでしょ?アシュフォードさんと」

「うん。でも……」

「でも?」

「顔合わせの時、緊張しすぎて顔まともに見れなかったんだよね…」

「えー!勿体無い!折角話すチャンスだったのに〜」

あはは、とグミは乾いた声で苦笑いし、胸中で溜め息をこぼす。
今、思い返しても、あの時の自分は相当挙動不審だったと思う。
初めて顔見たとき、びっくりしてじっと顔見ちゃった上に変なこと口走りそうになったし、かと思えばその後目も合わせなかったし……。

(変な人間だと思われてたら、どうしよう…)

ふとそんな不安がよぎり、少し気分が落ち込む。
そのグミの気持ちを察したのか、テトは肩にポンと手を乗せてきて、「ドンマイ」と少し微妙な励ましを送った。



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