20年前、世界でも屈指の軍事力を保持していたバルドレイズ国は他国侵略を開始した。
その侵略の手は同盟国や友好国にまで及び、次々と領土を拡大していった。
長い戦争の日々の果てに、ついに残すはアルヴィス大国のみとなる。
しかし、その頃には、敗走した各国の残党により多くの反政府組織が結成されていた。
この事態を重く見た政府は、他国侵略を一旦中止し、特殊警護部隊を発足。
反政府組織の捜索及び粛清に当たらせた。
いつしかその部隊は政府に反する者達にとって大きな脅威となっていった。
その部隊の名は、「レッド・ウィング」――。



「新参者」



「やはり、そうだったか……」

カイトは渡された報告書に目を落としながら呟いた。

「ええ。で、一応その場所に行ってみたんだけど…、一足遅かったわね」

「というと?」

「施設は爆破されていたわ。恐らくデータを漏洩させないためね。調査の結果、爆破されたのは議員が殺害された日と同日だと断定されたわ」

彼女の報告を聞きながら、カイトは報告書に一通り目を通すと、ため息を吐きながらデスクにそれを置いた。
胸の中にじんわりと敗北感が薄く広がる。
つまり、今回は奴らにしてやられたということか。

「報告ご苦労、ルカ」

「どうも。それより、これから大変なんじゃない?」

「何がだ?」

「レンにあのこと伝えるんでしょ?しかも、今日」

ああ、とカイトは思い当たり、苦笑を漏らす。
そんなカイトにルカは呆れたようにため息を吐き、

「レン、嫌がるでしょうね」

「……やっぱりそう思うか」

静かに頷くルカを見て、少し気が重くなる。
そう決めたのは、他の誰でもない自分なのだが。

「まあ、なるようになるよ……」

「というか、そうさせるんでしょ。あなたのことだから」

じとりと見やられ言われて、カイトは曖昧に笑ってごまかした。





昼近く、急に呼び出され司令官執務室に向かっていた。
最上階の廊下はまだ活動前ということもあってか、人通りは少なく比較的静かな印象をうける。

「失礼します」

執務室の両開きの扉を開けると、外を眺めていたカイトが振り返り「やあ」と微笑んだ。

「任務ですか?」

「いや、そうじゃなくて、この前の議員の殺害事件のことなんだが……」

そこで一旦カイトは口ごもり、視線を落とす。
レンが怪訝に思いながら続きを待っていると、少ししてから視線をこちらに戻して、

「その日ある研究所がイレイストによって爆破された。そこでは主に人体実験が行われていたらしい。殺された議員はそこの責任者だったようだ」

「!!じゃあ、その議員は……」

「ああ、イレイストと関連があったと見ていいだろう」

聞かされた事実にレンは唇を噛んだ。
やりきれない気持ちが胸に広がっていく。

「で、レン。その日お前は別の任務についていたな。確か…、反政府マフィアの殲滅だったか」

「はい」

「そして、同じ日に議員は殺された。狂戦士バーサーカーによって。……この全部が偶然だと思うか?」

カイトのその問いにレンは「まさか…!」と声を漏らした。
カイトは一つ小さく頷き、

「恐らく、この2つは研究所の爆破から目を逸らすための目くらましだ。それなら狂戦士バーサーカーが投入されたのも頷ける。実際、俺自身そっちの方に気をとられていたからな。今回は完全に一本とられたよ」

カイトは暗い表情でそう言うと、一つため息を吐いた。
レンは顔を俯けて、両の拳をきつく握り締める。
悔しい気持ちが全身を駆け巡っていた。
情報を得られなかったということよりも、奴らの思い通りに動かされていたことが悔しさに拍車をかける。
溢れ出しそうなその気持ちを抑えるように、レンは目を閉じて深く息を吸った。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
こういう時こそ冷静にならなければならない。
そうしなければ見えるものも見えなくなると、何度も教えられた。
焦るな、よく考えろ。
そう言い聞かせて少し気分が落ち着つかせてから顔を上げると、こちらを見ていたカイトが僅かに表情を緩めたのが見て取れた。

「この事を伝えるために、わざわざ呼んでくださったのですか?」

「いや……、別件だ。これはあくまでついで」

「はあ…。で、その用件は?」

そう問うと、カイトは少し難しいそうな顔をした後、目線を少し逸らす。
……何か言いにくい話なのだろうか。
怪訝に思っていると、一つ咳払いをしてからカイトは話し出した。

「知ってると思うが、そろそろ入隊式の時期だ」

「それが何か?」

「ということは、そろそろ新入隊員の指導員を決める時期でもあるわけなんだ」

一向に話が見えてこないカイトの話に、レンは首をひたすら傾げる。
レッド・ウィングには殲滅部隊、諜報部隊、処理部隊の3つの部隊があり、新入隊員には半年間の指導期間が設けられている。
殲滅部隊に配属された新入隊員は、1班につき5人の班に振り分けられ、期間中それぞれの班を適任とされた隊員が受け持ち指導にあたる。
しかし、入隊試験の成績上位5位までは特待生とされ、彼らは班に振り分けられず1人1人に指導員がついて戦闘指導を行うことになっているのだ。
カイトが言ってるのはこれを誰にするか、ということなんだろうが……。
そこまで思い当たって、レンはなんとなく嫌な予感がした。
半眼になって目の前の上司を睨みつけてやると、彼は(不吉に)笑いかけながら、

「レン、特待生の指導をしてみないか?」

「慎んでお断りいたします」

即座に辞退。
予測をしていたのかカイトは驚いた風もなく、ただ不満そうに口を尖らせた。

「少し考えるとかないのか、お前は」

「どう考えても俺には向いてませんし。それに俺はまだ子供です。そんな隊員に教えてもらいたい奴なんていないでしょう」

最もらしい理由を並べてみると、カイトはふうむと考える素振りをして訊いてきた。

「レン、歳はいくつになった?」

「……16ですが」

「入隊して何年になる?」

「…6年です」

そういうとカイトは「もうそんなになるかー」とたいして感嘆したふうもなく言ってから、何か意味ありげにうんうんと頷いて、

「大丈夫だ。俺の中では15歳までが子供だし。全然問題ない」

「あなたの年齢基準とか知ったことではないんですが!」

「それに入隊してから5年以上経ってるから、それなりに経験も積んでるだろ?」

「話を聞いてください、司令官!!」

デスクに両手を叩きつけて、ずいと顔を寄せると、「まあまあ」と両手を挙げて宥めにかかってくるのがますます癇に障る。
怒鳴りあげたい気持ちをどうにか抑えつけて、冷静さを取り繕いながら「とにかく」と、レンは強い語調で言って続けた。

「この話はお断りさせて頂きます。どうか他を当たって下さい」

「いや、レン。実はな…、非常に…、言いにくいんだが……」

踵を返して執務室から出ようとした時、珍しくカイトが歯切れ悪く話し出すので、レンは訝しながら続きを待った。
カイトは困ったような顔をしながら、隣の応接間に続いている扉を指差して、

「待ってるんだ。お前に担当させようと思ってた子が、むこうで」

思いがけないカイトの言葉に、レンは思わず言葉を失ってそのまま固まった。
カイトの言葉が、真っ白になった脳内に一拍遅れてじわじわと浸透していき、ようやく意味が飲み込めた時、

「はあ!?」

思わず、我ながら珍しいくらい大きな声を上げていた。
途端にこめかみ辺りにちくちくとした痛みを覚え、そこに片手を当てて、頭を垂れる。

「実は今日は顔合わせの日で、今更変更ってことになると俺もその子もかなり困ったことになるんだ」

と、平然とのたまうカイトの台詞を右から左へ流しながら、ショートしかけた思考回路を何とか平常に戻す。
とにかく、言いたいことが山積みだった。
何で勝手に自分が指導員になることを前提で事が運んでいたのかとか、自分が断ってもやらなくてはならない状況を完全に作りあげてるではないかとか、これ今日話すことではないんじゃないかとか、とにかく脳内で色々な言葉が飛び交い、

「……こういう話って普通、一週間前くらいにするものなのでは?」

疲れきった声で、とりあえず最後に浮かんだ疑問を口にした。
それに対してカイトは、今やこっちの気分を逆撫でするしか機能を果たさない、それはもう一点の曇りもないにっこりとした笑顔で。

「事前に話してたら、断固拒否したろ?」

「当たり前ですよ!というか何ですか、この状況!!選択の余地もない、この状況は!?」

「あはは、レン。もしかしなくても凄く困ってる?」

「当然でしょう!!っていうか笑い事じゃないですよ!」

完全に面白がっているようにしか見えないこの上司の顔面を、今日こそ全力で殴りたい気分になった。
余談ではあるが、この人をこんな風に思ったことは初めてではない。
むしろ、数え切れないほどある。
レンの殺気にも似た怒気を感じたのか、カイトは笑いを引っ込めて、「まあ、とにかく」と無理矢理話の方向を元に戻した。

「さっき自分で言ってたように、お前はまだ若い。指導する側になって初めて学ぶこともある。悪い話ではないだろう?」

「それは…、そうかもしれませんが……」

「イレイストの件か?」

図星を突かれて、ふいと視線を逸らした。
指導員になると、新人の隊員と任務を共にすることになる。
イレイストは反政府組織の中でも最も勢力があり、唯一レッド・ウィングと力が拮抗している組織だ。
そんな組織が関わっている任務に、まさか新人の隊員を参加させるわけにはいかない。
ましてや狂戦士バーサーカーとの戦闘なんて……。
そうなれば、また今回のように手掛かりを掴め損ねることになりかねない。
そうこうしている内に手遅れになってしまうかもしれないのに……。

「安心しろ、レン」

カイトのその穏やかな声に視線を戻す。
カイトはこっちを真っ直ぐに見据えて、ふっと表情を緩ませた。

「イレイストに関連する任務には約束通りお前を向かわせるよ。勿論新人は抜きでな」

そう言われても、レンの胸中では安堵よりも落胆した気持ちが勝っていた。
どうやら指導員の件は引き受けるしか道はないらしい。
ここはもう駄々をこねないで、潔く諦めたほうが賢明だろう。
レンはため息を一つ吐いて、

「わかりました。引き受けさせていただきます」

「そうか。お前ならそう言ってくれると思ったよ」

そうしないといけない状況に追い込んでおきながらどの口が言ってるんだ、この人は。
じろりと睨みつけてやると、カイトは肩をすくませてやり過ごし、応接間のドアノブに手をかけながら、

「担当の子は16歳。お前と同い年だ。今期生の首席合格者だよ」

そう言って、扉を開けて二言三言、部屋の向こうの相手と言葉を交わした後、横にずれて入室者に道をあけた。

「失礼します」

と一つお辞儀して入ってきたのは、全体的に清楚そうな印象を受ける少女だった。
髪は深い緑の色をしており、後ろ髪が肩にかかるかかからないかくらいなのに対し、横髪は首筋にかかるくらいの長さにのばしている。
彼女はしかし、レンの姿を認めるなり、明るいグリーンの双眸を見開かせて、じっとこっちを凝視してきた。
何だろう。特別後ろ暗いことをしたわけでもないのに感じる、この居心地の悪さは。
というか何だって初対面の人間に、穴が開きそうなほど見つめられなければならないのだろう。
困惑しきって何を言えばわからず、互いに見つめ合うこと数秒間。

「あの……、どうかしたのかな?」

沈黙を破ったカイトの言葉に我に返ったのか、はっとした顔になり、

「あっ、すみませんっ!ちょっと、みと……いえいえ、何でもないですっ!」

挙動不審っぽく視線をあちこち巡らせながら、少し赤くなった顔を俯かせてこちらに近づいて来た。
緊張している…、のだろうか?
それにしても、いくらなんでもここまで緊張することもないような……。
どうしたもんか、と扱いに困っていると、少女の背後でカイトが顎をしゃくって何か促しているのが見える。
レンは少し考えてから、右手を差し出して、

「レン・アシュフォードだ」

「グミ・マーシャルです。よ、よろしくお願いします」

顔を少し紅潮させた彼女と握手すると、何となく既視感のような変な感覚にとらわれた。
手を離して、彼女の顔をまじまじと見つめながら記憶の中をまさぐってみる。
すると、不意にばちっと目が合ってしまい、彼女はかあっと顔をよく熟れたりんごみたいに赤くし、思いっきり顔を横に背けられた。
困り果ててカイトに助けを請うように視線を送ってみたが、お手上げといった感じで両手を挙げ首を振るだけなので、レンは小さくため息を吐いた。



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