がたん、ごとん、がたん、ごとん。
列車がレールの上を走るこの規則正しい音を、一体何時間聞き続けているだろう。
薄暗い部屋の中、何かしら詰め込まれているであろう木箱の上で両足をぷらぷらさせながら、ぼんやりとそう思った。
最初は今度の任務について色々想像して楽しんでいたが、こう何時間も続くと流石にそれにも飽きてこない訳もなくて。
せめて窓さえあれば流れる風景を眺めることもできるのに、生憎とここは貨車なのでそんな気の利いたものは存在していない。
要するに今、とてつもなく暇であった。
「ねえ、まだ〜?」
今日何度目かの質問に、隣の男――確かゴードンとか言う名前だったと思う――はかぶりを振るだけの返事をした。
ああ、とがっくりとうな垂れる。
暇で死んでいしまいそう、とかいう表現があるが、今はまさにそんな状況。
他の人達も同じ気持ちなのか、欠伸をしたり、手元の武器をもてあそんだりと完全に暇を持て余している。
不意に羽織っている死に装束の左袖に右手を突っ込んだ。
振八つ口に隠しているそれを掴むと、腹の底からぞくぞくするような欲望が湧きあがってくる。
早くこれを使いたい。
使いたくてたまらない。
そんな欲望が留まることもなくどんどん湧きあがって、全身に溢れ出しそうになる。
その欲望を抑えるために、それから手を離そうとした時だった。
キキキー、と耳を防ぎたくなるような音が真下から鼓膜をつんざき、次の瞬間がたんと列車が急停止した。
慣性で一瞬大きく前のめりになり「わわっ」と声をあげたが、どうにか後ろに体重をかけてバランスをとって転倒を防ぐ。
「全員配置につけ」
ゴードンのその言葉がはっきりと貨車の中で響く。
緩みきった空気が一気に張り詰めたものに変化していく中、それとは逆に自分の胸の中に喜びが広がっていくのを感じた。
扉を開けてデッキにでると、少しひんやりとした夜風が顔に触れる。
貨車に侵入したときには西に傾いていた日はもうとっくに沈んでいて、代わりに吸い込まれそうなほど真っ暗な空にやけに明るい月がぽっかりと浮かんでおり、こちらを見下ろしていた。
最後尾の車両の扉の両端に1人ずつついたのを確認して、銃を抜き出すと先ほどの欲望がすぐに湧き上がり、あっという間に全身を支配する。
臨戦態勢をとると、ゴードンが手をあげて秒読みを始めるのが見えて、そんなものしなくていいのに、と胸中でぼやいた。
まったく、この男は堅実すぎなのが本当によろしくない。
こっちはとにかく一刻も早く、この全身に溢れ出したこの欲望を吐き出してしまいたいというのに。
吐き出して、吐き出して、吐き出して、そしてあの感覚に捕われたい。
全てを壊しきった時に感じる、あの快楽に。
「ミッション開始!」
合図とともに両開きの扉が開き放たれて、一斉に車両内に乗り込む。
突然の奇襲に敵方が動揺している内に、間を駆け抜けながら手当たりしだい銃撃を放っていく。
短い悲鳴とともに飛び散る赤、赤、赤。
私が大好きな色。
無意識のうちに口元が緩み、笑みが浮かんでいるのがわかる。
でも、まだ足りない。
この程度じゃ、まだまだ足りないっ!
後ろからの制止の声を聞き入れず、連絡扉を開けてそのまま次の車両に入る。
刹那、一斉に銃撃が飛んできたが、それを全て避けるか銃身で弾くかして、目のついた奴から片っ端に銃弾を撃ち込む。
そうして次々と敵を殺し続けながら、ターゲットのいる車両へどんどん駆け抜けていく。
(脆い)
繰り返し繰り返し、人を殺していきながら心の中でそう呟く。
脆い、脆い、脆い、人なんて脆い!
急所を狙って引き金を引くだけで、直ぐに絶命してしまう。
こんなにも命っていうのは脆い。
だが、それを奪っていくたびになんとも形容しがたい快楽が、電撃のように全身を駆け巡る。
さあ、もっと、もっと、壊させて!
私の大好きな血を飛び散らせ、もっと楽しませて!!
勢いよく連絡扉を開け、次の車両に入るとそこにはさっきまでの黒い礼服とは違う格好の人達が何人かいた。
黒い帽子に黒い服。
「あ、レッド・ウィングの人達でしょ、あなたたち」
世間話をするような軽い口調で言うと、彼らの間に戸惑ったような空気が流れる。
あれ?と小さく首を傾げた。
間違っていたんだろうか?確かそういう名前だったと思うんだけど。
連絡扉の開く音がして、振り返るとゴードンが明らかにしまったと言いたげな表情で立っていた。
「ねえねえ、ゴードン。この人達レッド・ウィングの人達だよね?間違ってないよね?」
ねえ、この人達の名前間違ってないよね?というような我ながらわりと気軽な口調で訊くと、ゴードンはすごく微妙な表情をした後、「戻るぞ」とさっきの問いには答えず、短く言った。
「え?何で?だってこの先に」
ターゲットがいるんでしょ?と続けようとすると突如口を塞がれ、「むが」と間抜けな声が出た。
その手を振り払い、怪訝に思いながらゴードンを睨み上げると、顔を寄せてきながら声をひそませて、
「このままレッドウィングと戦うのはリスクがある。とにかく仲間と合流してから、一気に叩くべきだ」
「何でよ〜。別に私一人で十分だわ。この人達全員殺ることくらい」
対してこっちはいつも変わらない声で応じると、一斉にレッド・ウィング達は臨戦態勢をとった。
どうやら向こうはやる気満々らしい。
片手で頭を抱えたゴードンを差し置いて、くすりと笑ってこちらも銃を構え、「じゃあ、そういうことで」と敵方の方に向き直る。
「ま、待て。とりあえず撤退するぞ」
「じゃあ、一人でどうぞ。私は行かないから」
「分が悪いだろ!仲間と合流して戦ったほうが確実に殺れる!とにかく戻って」
「あー!うるさいなあ、もう」
いい加減いらついてきて、ゴードンの言葉を最後まで聞かず銃口を彼の額に押し付け、
「黙っててよ」
声のトーンを幾分か落として、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
ドサッ、と崩れ落ちていくゴードンを一時見下ろして、ふふっと笑みを漏らす。
ほら、やっぱり人って脆い。
こうするだけでもう二度と動かなくなっちゃうんだから。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、はじめよっか」
ゴードンの死体を唖然とした表情で見つめている彼らに、まるで遊びに誘うような軽い口調で向き直り、こちらも臨戦態勢をとる。
「ちょっとくらい抵抗してよねー。じゃないと楽しくないから」
後半部分を少しトーンを下げて言い放ち、くすくす笑って暫くお互いに睨み合う。
直後、一斉に駆けてきた彼らにわざと急所を外して何発か撃ち込む。
それを隊員達はかろうじて避けて間合いを詰めてきたが、繰り出される全員の斬撃を何の苦労もなく回避する。
(なんだ、この程度か)
相手の力量に拍子抜けしながら、斬撃の合間をかいくぐって目の前の隊員の鳩尾に蹴りを繰り出し、よろめいた隙に彼の肩を足場にして後ろに回りこむ。
全員が振り返りきらない内に、足場にした隊員に心臓めがけて弾を撃ち込んだ。
「まず1人目」
倒れる隊員を見つめながら小さく呟く。
「くそお!」
「おい!」
仲間の制止を聞かず、1人がこちらに駆けてくる。
今度は後ろに大きく跳躍し、壁を蹴って一気に距離を詰め、空中で相手の側頭部に蹴りをお見舞いする。
綺麗なくらい横に吹っ飛んだ相手のほうを振り返りもせず、2、3回引き金を引いた。
仲間の表情からさっきの男が死んだのを確認し、「2人目」と笑みを浮かべて呟く。
残り2人が呆気にとられている隙に素早く懐に入り込み、
「ぼーっとしてる暇があるの?」
と耳元で囁き、反応する前に相手の頭に銃口を突きつけ、引き金を引く。
「3人目。残りはあなただけよ」
最後に残った女の隊員に向かって銃を構えて、一歩一歩近寄る。
銃口を彼女の心臓に突きつけて、「終わりね」と言うと、しかし彼女は薄く笑って、
「どうかしら?」
その言葉に眉をひそませると、突如後ろからガコンと大きな音が聞こえて反射的に振り返る。
飛び降りてきたのは同じくレッド・ウィングの制服の一人の男。
彼に気をとられている隙に女は後ろに一旦飛び退き、後ろの男とともに挟み撃ちで攻撃を仕掛けてくる。
「しまった!」
思わず大きく声をあげた。
その間に間合いを詰められ、ほぼ同時に斬撃が振り下ろされる。
しかし、結局そのどちらの斬撃を食らうことはなかった。
背後からの斬撃は、蹴り上げるようにして靴の底で受け止め、正面からの斬撃は銃身で受け流し、それを女隊員の口の中に突っ込んだ。
「なーんてね♪」
悪戯っぽく笑ったあと、そのまま引き金を引いた。
返り血が飛び散り、ぴぴっと口元につく。
それを舌の先で少し舐めとると、口の中に鉄の味がじわりと広がり、その味に思わず笑みがこぼれる。
そして、振り向きざまに後ろの男の顔面に、銃を持ってない方の腕で肘鉄を食らわしひるませて、両肩と両足を撃って転倒させた。
倒れこんだ隊員の肩の傷を踏みつけると小さく悲鳴が上がり、それに対してくすりと笑って、
「キミが上にいるのは最初からわかってたよ〜?上から殺気がビンビン伝わってきたもん。だから、わざわざ奇襲しやすそうなとこで戦ってたんだけど、気付かなかった?次からは気をつけたほうがいいよ。あ、ごめーん。次はもうないんだっけ。うっかりうっかり」
さも楽しそうな声で、一気にまくし立てて彼の額に向けて銃を構える。
そのまま引き金を引こうとした時、彼が小さく何か言ったように思え、「ん?何?」と顔を寄せる。
「狂ってる…。お前は狂ってる…!」
「狂ってるって……、私が?」
言われたことに思わずぽかんとして、無言で彼の顔をしげしげと見下ろす。
お互いに暫く黙っていた。何を言うわけでもなく、ただ見つめ合う。
ふっと笑いを漏らして、肩を踏んでいる足に力を込めると下から苦しそうな悲鳴が上がった。
それが少し楽しくなってきて、ますます力をこめて踏みつける。
それに物足りなく感じてくると、今度は何度も何度も踏みつけてゆく。
その度に上がる彼の悲鳴でどんどん愉快な気分になっていき、ついには笑い出す。
そう、ただ愉快だった。
痛みで苦悶に歪む顔と上がる悲鳴、傷口から流れてくる血の色その全てが自分をただただ愉快にさせる。
狂ってるって?私が?
何を当たり前のことを言ってるんだ。
この状況でこんなに楽しくなる私を、狂っている以外になんて言うわけ?
ひとしきり笑った後、足を止め深く息を吐いて、そしてにっこりと笑った。
「ありがと。褒めてくれて」
目を見開かせた彼の額に向けて、今度こそ銃撃を放った。
「さてと」と踵を返して連絡扉に向かう。
扉に手をかけながら、
「ゴードン、この先にターゲットいるんだよね?」
と、しかし返事が返ってくることはなくて小首を傾げていると、はたと思い当たった。
「あっちゃ〜。そういえばさっき殺しちゃったんだっけ」
朝食の席で、そういえば食パンきらしてたんだっけ、と言うような軽い口調で言い、「まあ、いっか」代わりにシリアル食べればいっか、というように独りごちて別段問題にせずそのまま扉を開ける。
瞬間、銃弾が一発飛んできて、若干驚きながらもちゃっかり避けつつ、
「あっぶなー」
と後方に視線を送って、大してそう思ってない声で呟く。
視線を戻すと初老ぐらいの男がもう一発銃を撃とうとしており、面倒なので手に軽く銃弾をかすらせると「ぎゃっ」と悲鳴をあげ、銃がその手から零れ落ちた。
素早くそれが床に落ちる前に左手でキャッチし、そのまま両方の銃でその男に銃口を突きつける。
「ま、待ってくれ!」
男の制止の台詞に、怪訝に思いながらも引き金にかけていた指を止める。
恐怖に歪んだ男の顔が引きつった顔に変わり(多分笑おうとしているのだろうけど、恐怖で上手く表情が動かないようだ。可哀相に)、
「私をこのまま逃がしてくれないか?そしたらお前の欲しいものなんでもやろう」
「え……、くれるの?なんでも?」
思いがけない提案に心持ち声を弾ませて問い返すと「ああ、勿論だ。何が欲しい?金か?宝石か?」と少し安堵した顔で色々あげてくる。
「私が今、欲しいものはねー」
と銃をゆっくり降ろしながら、一拍あけて微笑んで一言。
「おじさんの命」
そう言い放つと、表情を失った男にめがけて銃を瞬時に構え、銃弾をひたすら撃ちこみ続けた。
そうしている内にだんだん笑いが込み上げてきて、
「あははははは!あははははは!あははははは!」
狂ったかのように笑い出した。
弾が切れても笑いはまだ収まらず、笑い続ける。
最高の気分だった。
任務前に全身に溢れていた欲望は今やなく、代わりに形容できないほどの快感で満たされていた。
楽しいや愉快では言い切れないほどのこの感情。
全てを破壊し、壊しきった後のみ感じるこの感覚。
全身に銃弾を受けて変わり果てた男の姿を見つめながら、気がすむまでその感覚に溺れながらひたすら笑い続けた。
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