昼間のファミリーレストランは慌しい雰囲気が漂っていた。
向かいの席には千草が座っていて、先ほど買ったばかりの木製の鳥の置物をきらきらした目で眺めており、亮はそんな彼女を若干呆れの目で見つめていた。
いや、自分が選んだものが気に入ってくれたのは良かったとは思っている。
しかし、そこまで嬉しがるほどの物でもないとも思う。
実際、千草が約1時間かけて選んできた3つの物から、なんとなく目についた物を選んだという適当極まりない選び方をしていまい、むしろ真面目に選んでやれば良かったと思うくらいである。
まあ、本人がすごく嬉しそうだからいいけど、ってさっきも同じような事思わなかったか?思ったよな。
胸中で自分に自問自答をしていると、店員が牛丼を持ってきた。勿論千草が頼んだものである。
ファミレスで牛丼……。若干、否かなりアンバランスだが千草は大して気にしてはいない。
なんとなくため息を吐くと、千草が視線を牛丼からこちらに移し、
「亮さん、もしかして疲れちゃいました?すみません私なかなか決められなくて……」
「いや、別にそうじゃねえけど。それに普段いかないから、結構新鮮だったし」
と結構微妙なフォローをしてしまった。なんかこれだと自分が引きこもりみたいである。
それでも千草は安堵したような顔したあと、そういえば、と思い出したように言った。
「亮さんさっきのお店で何か買ってましたよね?何買ったんですか?」
丁度そのとき飲んでいたアイスコーヒーを亮は危うく吹き出しそうになり、反射的に飲み下したが気管に入り思いっきりむせた。
千草はそんな相手の反応に若干驚きつつも、「大丈夫ですか?」と焦りながら声を掛けたが、今の亮は後悔が脳内を埋め尽くしていた。
その後悔は自分の不注意に対するものも勿論あったわけだが、なにより自分がこんなに狼狽してしまった事への後悔のほうがかなりそれを上回っていた。
呼吸を落ち着かせながらどうやって言い逃れるか頭をフル活動させて言ったのがこれ。
「別に……、大したもんじゃない」
………我ながらこれはないと思う。
大したものじゃなかったら、あの狼狽っぷりはなんだったんだよ。
もう言ってしまったから意味無いけど。全くもって無意味だけど。
案の定、千草は腑に落ちないだらけの顔をしていたが、「そ、そうですか」と言っただけでそれ以上は追求してこなかった。
「それより、お前さっき置物しか見てなかったけど、よかったのか?アクセサリーとかもあったけど」
無理矢理話の方向をねじ曲げて、気になってた事を訊いてみると千草は一瞬だけ目を伏せてから少し寂しそうに言った。
「実はうちそういうのに厳しいんです。前もピアスとかブレスレットとか買ったら凄く怒られて、すぐに捨てられたんです。その時買ったのが派手目だったからっていうのもあるんですけど。でも、そういうことがあったからちょっとトラウマみたいになっちゃってて……。」
えへへ、とごまかし笑いをした千草を見て、亮は訊くんじゃなかったとさっきより後悔した。
以前「The world」で月の樹がAIDAサーバー化した時、千草の過去を垣間見たことがあった。
友人に認めて欲しくて合わせようと頑張れば両親にそれを止められ、両親の言うとおりにすれば友人に見離される。
そうしているうちに千草は学校のクラスで存在を認めてもらえず、否定され続けずっと独りだった。
その様子ははたから見てても彼女の苦しみは充分伝わってくるものだった。
そんなのわかりきっているのに、自分は今千草からその時の記憶をほんのわずかでも呼び起こしてしまったのだ。
「ごめん」
ぽつんと呟くようにでも千草にはっきり聞こえるように言った。
そういうふうにしか言えない自分が歯痒かった。
もっと気の利いたことが言えたら、と切実に思う。
でも千草は首をぶんぶんと横に振り、
「亮さんが謝ることじゃありません。過ぎたことだし。それに私大丈夫です。もう、独りじゃないから」
と、微笑みを浮かべながらはっきりと言った。
亮は少し後ろめたく思いながらも「そっか」とだけ言った。
それだけで彼女は充分だってことはちゃんとわかったから。
それ以上の言葉は望んでいないことはちゃんと伝わったから。
「じゃあ、今のうちに次何処に行くか決めるか」
「あ、大丈夫です。もう決めましたから!」
「早いな…。で、何処?」
「ペットショップがいいです。小鳥が見てみたいです」
そういった千草の顔にはさっきの憂いの欠片もなくて、ただ楽しそうな笑顔がそこにあった。
彼女がそう笑ってくれるだけで亮も充分だった。
ただ、今だけ1つわだかまりが残っていた。
亮はそれをポケットごしにきゅっと握った。
日が西に傾いてきている。
現在午後5時。
今の季節はこの時間でもまだ明るく、一日を使い切った感覚がなくて名残おしい気分になる。
亮はちらりと右隣を見てみる。
そこにはナイロン袋を3つほど両腕にぶら下げた満足そうな千草がいた。
あれから色々な場所に行ったのだが、それが若干いや結構多かったためかさすがの亮も疲れていた。
いや、別に嫌なわけじゃない。本人も満足している様だし。
というかあれだけの場所をまわっといて満足してないほうがおかしいような気がする。
いや、別に不満なわけじゃない。ただ、何と言うか今日改めて千草の色々な意味での凄さを身をもって知ったというか何と言うか。
(っていうかさっきから誰に言ってんだろ、俺……)
胸中でなんか弁解めいたことを言い続けてた自分に気づき、思わずため息を吐いてしまった。
「亮さん?」
とさっきのため息に気付いたのか、千草が心配そうにこちらを見てきた。
「あの、やっぱり今日行く所多すぎましたよね。すみません」
「いや、別に。確かに多かったけど、こっちも楽しめたし」
「そう、ですか。良かった」
申し訳なさそうにしていた千草に安堵の色が広がっていくのが見て取れて、こっちも安堵してしまい、そんな自分に苦笑してしまう。
千草には振り回されてばかりだと思う。
今回千草からの誘いがあった時だってそうだ、と亮は思う。
あの時だって何かしてしまったのかと思い散々焦らせて、結局杞憂に終わったわけだし。
でも、悪くはないと思う。
こうやって振り回されてばっかりだけど、でもその分ほんのちょっとした事で笑えたり、嬉しく思えたりできるようになった。
そして彼女とこうして傍にいるだけで幸せを感じられる。
(会ったばかりの頃じゃ全く考えられなかったことだよな……)
過去の自分をふと思い出し、また苦笑する。
あの時は厄介な奴と関わってしまったとか思ってたけど、今は本当に会えて良かったと思う。
そのおかげで自分はこんなにも変れたのだから。
「あの、亮さん」
千草のその声にふっと現実に引き戻された。
気が付けばもう駅のすぐ傍まで来ていた。
駅に着くまでの最後の横断歩道を歩きながら千草に目線を向ける。
千草は少し躊躇した後、顔を俯けながら搾り出すように言った。
「その…、また、会ってくれますか?できたらリアルで」
亮はほんの少しの間目を見開いた後、すぐに表情を緩めて、
「ああ。いいぞ」
それだけポツンと答えた。
千草は思わず顔をほころばせて、「ありがとうございます、亮さん!」と最高の笑顔で嬉しそうに言った。
その時丁度駅の入り口に着いて、
「あ」
と声をあげた後、「じゃあ、また会ってくださいね!絶対ですよ!」と言い残し千草は歩き出す。
少しずつ遠ざかっていく彼女の姿を見ながら、亮はポケットに収まっている物を握る。
このままで良いのかと、もう一人の自分が語りかける。
今ならまだ間に合う。手を伸ばせば、名前を呼べば、まだ。
まだ間に合うんだ。
「千草!」
無意識の内に名前を呼んでいた。
そしてそのまま立ち止まった彼女の手首を掴む。
驚いたままの千草の掴んだ方の手にさっきまで握っていた物をポンとのせる。
それを見て目を見開いたまま「これは?」とただ訊いた。
「最初に行った雑貨屋で買った」
そういうと亮は開けるように促し、千草はそれに従ってその小さい紙袋をあけて中身を出した。
出てきたのは青い鳥のごくシンプルなあのネックレスだった。
「これ、私に?」
「親に止められてるなら、つけなくていいから。持っとくだけ持っててくれ」
それだけ言うと千草は顔をぱあっと輝かせて、
「私、すっごく嬉しいです!亮さん、本当にありがとうございます!大切にします!」
大切そうにそのネックレスを両手で握り締めて、さっきよりも嬉しそうに笑った。
そんな千草をみて思わず顔をほころばせる。
「じゃあ、亮さん、また!」
とぱたぱたと走り出した。
「ああ、またな。」
と走っていく千草に聞こえるように少し大きく言った。
千草は亮に答えるように一度だけ振り返ってそのまま走って駅の中に走っていく。
その姿を亮は見えなくなるまで、微かに微笑んで見送った。
それから何日か経ち、また二人はリアルで会うことになった。
その時の千草の首からあの青い鳥がかけられていて、夏の日差しの中で綺麗に輝いていた。
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