それはいつものようにハセヲが“The world”にインしていた日のことだった。

「ハセヲさん!」

その声に殆ど反射的に振り返ると、金髪に帽子をかぶり、小鳥を思わせる服を着た少女がそこに立っていた。

彼女は「この世界」でアトリと呼ばれている少女。
ハセヲにとって変わるきっかけを与え、そして彼の「想い人」にあたる少女でもあった。
それでというか何というか、ハセヲはアトリの姿をみると無意識のうちにほんの僅かだが頬が緩んでしまう。
しかし今回は、駆け寄ってきたアトリの「探してたんです」という一言で一気にその表情が険しくなった。

「何かあったのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど」

そう聞いて安堵した共に怪訝に思った。
理由は実に単純明快。

「じゃあ、なんで探してたんだよ?」

「えっと…、それは……」

浮かんだ疑問をそのまま投げつけると、何故かアトリは言葉を濁しながら頬を若干赤らめ俯いた。
それっきり黙ってしまうものだから、ハセヲは困惑した顔でそこに佇むことしかできない。
やっぱり何かあったのかと思い、声をかけようとしたまさにその時、いきなりアトリが弾かれたように顔を上げ、

「ハセヲさん!!」

「お、おう!?」

アトリの何の前触れもない行動とその声の大きさに驚き、そして何よりその気迫に気圧されてわりと頓狂な声を思わず出した。
しかもその気迫を放出したまま、こちらを見つめるよりも睨み付けるといった方がいい目つきで見てくるのでたまったもんじゃない。

(何だ?俺何かしたか?)

アトリの奇妙な行動に若干引きつつ、記憶を片っ端から探ってみるが全く検討がつかない。
やがて意を決したようにアトリが深呼吸をして、凄く真剣な表情で思い切ったように言った。

「私とリアルで会いませんか?」

「………へ?」

とっさに身構えてしまっていたハセヲは、意外なその誘いに思いっきり間抜けな声を出した。





青い鳥





「あっつー……」

駅前の時計台の下でカンカン照りな太陽に対して愚痴っぽく呟いている少年がいた。
彼の名前は三崎亮。
そしてそれはリアルのハセヲの名前だった。
亮はふと腕時計を見てため息を吐く。
現在10時10分前。
やはり少し早く来すぎた。
かといって一旦家に戻れる程時間があるということもないわけで。
結果、あと5分はここでこの7月半ばの日差しの暑さに耐えなければならないことに決定。
事の始まりはこの前のあの一件。
結局あの後、2・3秒固まってからようやく言われたことを認識し、「いつにする?」と逆に訊いていた自分がいた。
当然アトリは一瞬文字通り、虚をつかれた顔をしていたが、すぐに笑顔になって、

「ハセヲさん!私、凄く嬉しいです!!ありがとうございます!」

「あ、ああ」

満面の笑みのアトリを直視できず、つい視線を逸らしてしまう。
アトリはそんなハセヲを見てハセヲに見つからないように、くすりと笑った。
その後二人は日程と待ち合わせについて話し合い、その日は別れた。

で、いざ当日になると亮は落ち着かず、気を紛らわせるのを兼ねて早めに来たわけなのだが、その結果この夏本番と言わんばかりの暑さの中にいる次第である。
しかも、気が紛れるどころか余計にそわそわしてて、なんかもう自分自身に呆れるというか、なんというか。
亮は再びため息を吐き、ちらりと時間を確認した。
10時5分前。そろそろ来る頃かもしれない。
辺りを見回してそれらしき人を探していると、ふと駅の入り口にいる一人の少女が目に入った。
彼女は少しキョロキョロしてから、少し若干危なっかしい足取りでこちらに駆け寄ってくる。
そういえばアトリも急いでる時はあんな走り方してる(そして高確率で転ぶ)と思い当たって、はたと気付く。

(もしかして……)

亮がそう思った刹那、

「きゃう!?」

子犬みたいな声を上げて、少女は見事に顔からすっ転んだ。しかも何もない所で。
湧きあがる笑いを堪えきれず、亮はつい吹き出してしまった。
多分っていうか絶対そうだ。彼女がそうなんだろう。
亮はいつも"ハセヲ"がそうしているように、へたり込んでいる少女に近づいて手を伸ばす。

「あ、ありがとうございます」

若干戸惑いの色を見せる少女の手を引いて助け起こしながら、

「ったく、気を付けろよ。アトリ」

「え?」

少女はもう一つの名前を呼ばれた事にか、目を丸くしながら亮を見つめた。

「ハセヲさん、ですか?」

「三崎亮だ。そっちは?」

「あ、日下千草です。今日は宜しくお願いします、亮さん」

礼儀正しくペコリとお辞儀をする姿はまさしくネットでのアトリそのものだった。
その彼女らしい行動に亮は微笑ましくもあり、何故か少し可笑しかった。

「じゃ、行くか。何処行きたい?」

「そうですねー……。」

うーん、と唸りながら千草は右の頬に人差し指を当てながら考え込む。
恐らく千草の場合、何処に行こうか悩んでるより何処から行こうかで悩んでいると思う。というか絶対。

(帰るの遅くなりそうだな……)

亮は悩み続ける千草を見つめながら、胸中でため息を吐いた。




「これ可愛い。あっ、これも!」

商品棚に並ぶ置物を物色しながら、若干興奮気味に千草は言った。
散々悩んだ後、千草が指名したのは雑貨屋という何とも無難な場所だった。
別にこれと言った不満があるわけではない。
しかし、あの暑い中で悩み切って超無難な所を選択されると、くじ引きとかではずれを引いたような気分になってしまう。
でも、まあ本人が楽しそうだから別にいいけど。クーラーもきいてるし。

「亮さーん。どれがいいと思います?」

困り切った声で助けを求められたが、こっちのほうが困惑してしまう。
何せ亮は元々必要最低限以外のものをあまり買おうとしないし、リアルでしかも異性と出かけることなんて皆無である。

「欲しいやつ全部買えばいいじゃん」

そう言って回避しようとしたが、

「有りすぎて全部買えないんですよー」

と更に困った顔をしながら言われ、あえなく失敗。

「とりあえず3つ位に絞ってくれ。そうじゃないと選べない」

「わかりました。じゃあちょっと戻ってきますね」

そう言いながら、千草は店の入り口の方にぱたぱたと走っていった。
そういえばそうだった、と今更ながら後悔する。
笑えないことに千草の有りすぎというのは、本当に有りすぎなのだ。
さっきから「欲しい」とか「可愛い」を連呼してた所から推測すると、この辺一帯の殆どが欲しい物かもしれない。
普通ありえないが、その壁をあっけなく壊せるのが千草の特徴の1つだったりする。良い意味でも、悪い意味でも。

(時間掛かりそうだな……)

既に悩み始めている千草の背後を見つめてから、何気なく視線を移すとアクセサリーが並んでいる机と棚が視界に入る。
暇つぶしついでに良い物がないかと物色していると、ふと1つのネックレスに目が留まった。
青いガラスの鳥とそれの左右をビーズで飾ってあるというシンプルなネックレスだが、なんとなく惹きつけられる感じがどこか千草に似ているような気がする。

(これだったら似合うんじゃねーか?)

千草がどれを候補にするかまだ悩み続けてるのをちらりと確認し、それを持って亮はレジに向かった。




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